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プレスリリース詳細


 

2020年3月19日

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)

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BDNF遺伝子多型がPTSDのネガティブな記憶バイアスに関わることを発見
- PTSDの病因解明や治療法開発に役立つ可能性 -




 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP) 精神保健研究所の金吉晴所長、行動医学研究部の堀弘明室長らの研究グループは、NCNP神経研究所疾病研究第三部、名古屋市立大学大学院医学研究科精神医学教室、若松町こころとひふのクリニック、金沢大学国際基幹教育院臨床認知科学研究室と共同で、心的外傷後ストレス障害(PTSD)1)患者における記憶バイアス2)にBDNF遺伝子3)が関与することを明らかにしました。

 PTSDはトラウマ体験をきっかけとして発症することのある、比較的ありふれた病気です。PTSD患者さんはさまざまな症状を経験しますが、最も中核的な症状は、突然トラウマのつらい記憶やその時の感情が生々しくよみがえって苦痛を感じる、という記憶の障害であると考えられています。PTSDの原因は明らかになっておらず、早期発見に役立つ客観的な指標も存在しません。PTSDへのなりやすさには遺伝的な要因が関与していることが示されていますが、どの遺伝子が関係しているのかについては共通の見解が得られていません。
 本研究グループは、PTSDの女性患者さんにおいて、BDNF遺伝子の一塩基多型(SNP)4)であるVal66Met [66番アミノ酸がVal(バリン)からMet(メチオニン)に置き換わる多型]が、ネガティブな単語を思い出しやすいという記憶バイアスに関与していることを明らかにしました。
 今回の研究は、PTSDの主要症状である記憶の障害に関与する遺伝子を見出した点で、PTSDの病因解明や早期発見、治療法開発に貢献するものと考えられます。
 この研究成果は、日本時間2020年2月21日に科学誌「Scientific Reports」にオンライン掲載されました。
 
■研究の背景
 PTSDはトラウマ体験を契機として発症する疾患ですが、一方で、そのような体験をした人がみなPTSDを発症するわけではないこともわかっています。例えば、日本の複数の地域において一般人口を対象としたKawakami(2014)らの調査では、およそ60%の者がトラウマ体験を経験していたのに対し、そのなかでPTSDを発症した者は1.6%であったと報告されています。したがって発症には、各個人のPTSDへのなりやすさが関係し、このなりやすさには遺伝要因が関与していると考えられています。PTSDの推定遺伝率(疾患の原因のうち遺伝によって説明される割合)は30-45%程度であることが示されており、これはうつ病や不安障害と同様の数字です。しかし、どの遺伝子がPTSDの発症リスクを高めるかについては十分にわかっていません。BDNF遺伝子のVal66Met多型の関与を示唆する研究報告が複数存在するものの、この遺伝子(多型)がPTSDの記憶症状にどのような影響を与えているのかは明らかになっていません。
 本研究に先立ち私たちは、PTSDの女性患者さんでは健常対照女性と比較して、単語記憶課題によって測定したネガティブな記憶バイアスが有意に(=統計的に意味を持って)強いこと、また、この傾向は記憶力の低い患者さんにおいてより顕著であることを見出しました(参考図) (参考文献1)。この結果から、単語記憶課題によって測定したネガティブ記憶バイアスは、PTSDの記憶障害を客観的・定量的に捉える上で有用な指標となる可能性が示唆されました。
 


参考図. PTSD患者群と健常対照群のネガティブ記憶バイアスの比較

神経心理学的検査バッテリーの成績によってPTSD患者を記憶力低下群と記憶力正常群に分類し、健常対照群を含めた3群間で比較した。 **p<0.01 (Kruskal-Wallis testの事後検定による)。

 

 そこで本研究では、PTSD患者さんにおいて、BDNF遺伝子のVal66Met多型が、このネガティブ記憶バイアスにどのように関連するのかを調べました。

■研究の内容
 本研究は、当センターが主幹研究機関となり、共同研究機関とともに実施しているゲノム・バイオマーカー・心理臨床指標を包含したPTSD研究プロジェクトにおいて収集中のデータおよびサンプルの一部を用いて行われました。
 本研究では、50名のPTSD女性患者さんおよび70名の健常対照女性を対象としました。記憶バイアスは単語記憶課題によって測定し、BDNF遺伝子Val66Met多型はPCR法5)により解析しました。
 PTSD患者群では、BDNF遺伝子Val66Met多型のMet対立遺伝子を多く有するほどネガティブ記憶バイアスが有意に強くなることが示されました。他方、健常対照群では遺伝子多型と記憶バイアスの間に有意な関連はみられませんでした。さらに、ペアごとの比較により、PTSD患者さんの中でMet対立遺伝子を有する群(Val/Met群およびMet/Met群)のみが健常対照群に比べてネガティブ記憶バイアスが有意に強いことが見出されました(図1)。
 

図1 Val66Met多型で層別化した、PTSD患者群と健常対照群におけるネガティブ記憶バイアスの比較

*p < 0.05, ***p < 0.001 (Kruskal-Wallis testの事後検定による)。破線に施したアスタリスク (*) は、PTSD患者群においてMet対立遺伝子の数が増えるにつれネガティブ記憶バイアスが有意に強くなることを示す(Jonckheere-Terpstra trend testによる)。

  
■研究の意義・今後の展望
 本研究の特色は、PTSDの中核症状である記憶の障害に関与する遺伝子を見出した点にあります。BDNF遺伝子のVal66Met多型がPTSDの記憶バイアスに影響することを示した本研究結果は、PTSDの病因解明や早期発見・治療法開発に寄与する可能性が考えられます。今後、より大きなサンプルでの検討や男性例での検討が進むことが期待されます。
 
■用語解説
1) PTSD: 心的外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder: PTSD)は、生命の危険を感じるような出来事を体験・目撃する、重症を負う、犯罪被害に遭う、などの強い恐怖を伴う体験がこころの傷(=トラウマ)となり、時間がたっても強いストレスや恐怖を感じる精神疾患である。

2) 記憶バイアス: 感情的にニュートラルな単語(例:「状況」)に比べ、ネガティブな単語(例:「恐怖」)やポジティブな単語(例:「幸運」)をより良く記憶するという記憶の偏り。

3) BDNF遺伝子:脳由来神経栄養因子(brain-derived neurotrophic factor: BDNF)は、神経細胞の成長や生存、シナプスの機能、神経伝達などを調節し、学習や記憶に関わるタンパク質。BDNF遺伝子は、BDNFをコードする遺伝子。BDNF遺伝子のVal66Met多型は、細胞からのBDNF分泌低下につながる機能多型であることが示されており、種々の精神疾患や記憶・学習との関連が報告されている。

4) SNP:一塩基多型(single nucleotide polymorphism: SNP)は、ゲノムの中で1つの塩基が別の塩基に置き換わっているというゲノムの個体差(個人差)をいう。この違いが、体質の違い、特定の病気へのかかりやすさ、薬の効きやすさなどの個人差の要因になる場合がある。

5) PCR: ポリメラーゼ連鎖反応(polymerase chain reaction: PCR)は、特定のDNA断片を選択的に増殖させることによって遺伝子検出を行う手法。
 
■原著論文情報
・論文名The BDNF Val66Met polymorphism affects negative memory bias in civilian women with PTSD.
・著者Hori H, Itoh M, Yoshida F, Lin M, Niwa M, Hakamata Y, Ino K, Imai R, Ogawa S, Matsui M, Kamo T, Kunugi H, Kim Y:
・掲載誌Scientific Reports 2020; 10: 3151. 
・DOI: 10.1038/s41598-020-60096-1
・URL: https://www.nature.com/articles/s41598-020-60096-1 

■参考文献1(原著)
・Memory bias and its association with memory function in women with posttraumatic stress disorder. 
Itoh M, Hori H, Lin M, Niwa M, Ino K, Imai R, Ogawa S, Matsui M, Kamo T, Kim Y:
Journal of Affective Disorders 2019; 245: 461-467.

■助成金
本研究成果は、以下の補助金・事業・助成金によって得られました。
・文部科学省科学研究費補助金 基盤研究(A)(19H01047), 基盤研究(C)(16KT0198), 挑戦的萌芽研究(16K13501)
・厚生労働科学研究費補助金(201616028)
・上原記念生命科学財団研究奨励金, 武田科学振興財団研究助成金, メンタルヘルス岡本記念財団研究助成金
・国立精神・ 神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費 
 
■お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ】

堀 弘明 (ほり ひろあき)
国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 行動医学研究部 室長
住所:〒187-8553 東京都小平市小川東町4-1-1
Tel: 042-341-2711 Fax: 042-346-1986
E-mail: 

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報係
〒187-8553 東京都小平市小川東町 4-1-1
Tel:042-341-2711(代表) Fax: 042-344-6745
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