2019年6月12日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター (NCNP)
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市:水澤英洋理事長)脳病態統合イメージングセンター(IBIC:松田博史センター長)の曽根大地研究生(主所属:University College London Institute of Neurology)、松田博史センター長、病院放射線診療部の佐藤典子部長らのグループは、様々なタイプのてんかんにおける脳の加齢システムの異常を脳画像と機械学習を用いた手法によって明らかにし、海馬硬化症などの脳の構造的異常や、精神症状などの合併症がある場合に更なる異常加齢が認められることが判明しました。本成果により、患者さんの脳MRI画像から脳の年齢を予測する機械学習モデルが様々なてんかんにおいて有用であることが示唆され、低侵襲なバイオマーカーの確立に寄与することが期待されます。本研究は、NCNP脳病態統合イメージングセンターと病院放射線診療部が共同して行ったもので、研究成果は現地時間2019年6月3日(月)に『Molecular Psychiatry』オンライン版に掲載されました。
研究の背景
てんかんは人口の1%弱、世界で約5,000 万人が罹患する有病率の高い神経疾患であり、発作の消失しない薬剤抵抗性てんかんの存在に加え、抑うつや精神病といった精神症状や認知機能障害などの合併症を伴いやすいことが問題になります。このような状況の中で、てんかんの焦点病変の検出や、種々の合併症等のリスク因子の同定、および病態生理の解明のため、脳画像がバイオマーカーとして果たす役割が期待されています(van Vliet EA, et al. Epilepsia. 2017)。MRI やPET といった脳画像からは、てんかん焦点病変の可視化が期待できるだけでなく、脳領域ごとの灰白質や白質の容量を測定するvoxel-based morphometry (VBM)などの解析技術を用いて、定量的かつ低侵襲に脳の構造を調べることができます。(図1)
[図1]てんかんの種々の臨床的問題点と、脳画像によるバイオマーカー確立の必要性
てんかんは人口の1%弱が罹患し、そのうち約30%が薬剤抵抗性の発作をもち、また発作以外にも様々な合併症を伴いやすいことが知られています。こういった種々の臨床的問題点に対応するため、脳画像によるバイオマーカーの確立が期待されています。
これまで脳病態統合イメージングセンター(IBIC)および病院放射線診療部では、最先端の脳MRI解析技術を用いて、焦点病変の検出法の確立(Sone D, et al. Front Neurol. 2019; Sone D, et al. Neuroimage Clin. 2018)や、脳ネットワーク異常の解明(Sone D, et al. PLoS One. 2019; Sone D, et al. Epilepsy Res. 2017; Sone D, et al. Epilepsy Behav. 2016)、海馬サブフィールド解析の有用性(Sone D, et al. Neuroimage Clin. 2016)、脳代謝異常の解明(Sone D, et al. Epilepsy Res. 2017; Sone D, et al. Magn Reson Imaging. 2016)などの成果を挙げてきました。精神症状についても、既に脳ネットワークの効率低下や脆弱性を報告しています(Sone D, et al. PLoS One. 2016)が、群間比較の報告が主体で、患者さん一人一人に利用可能なバイオマーカーは確立されていませんでした。
今回我々は、このような個人レベルで応用可能なバイオマーカーの確立を目指し、近年飛躍的に有用性を増している機械学習の技術を用いて、患者さん一人一人の脳画像から個人の脳の年齢を予測するシステムを作りました。これはアルツハイマー病などでも有用性が報告されている手法ですが、今回はてんかんに応用し、研究を行いました。特に、臨床的に重要となる類型別の解析や合併症に注目した研究はこれまでになく、てんかんの脳の加齢に関連する新たな知見とその臨床応用の可能性が考えられました。
研究の内容
研究グループは、まずNCNPで撮像された1,000人以上の健常人のMRIデータを画像解析ソフトにより標準化し、得られた脳の各部位の灰白質および白質の容積の数値から、各個人の実年齢に適合するような年齢予測計算モデルを、support vector regressionと呼ばれる機械学習によって構築しました。この年齢予測モデルを、同じくNCNPで撮像された318名のてんかん(または心因性発作)患者さんの脳画像に適用し、患者さん各個人の脳画像から予測される年齢を算出しました(図2)。
[図2]機械学習による、脳画像に基づいた年齢予測モデルの構築と、個々の脳画像への応用
本研究では様々な年齢の1196名の健常ボランティアの方のMRIデータを用いて、脳画像の特徴と実際の年齢を機械に学習させ、脳画像から年齢を予測するシステムを構築しました。それをてんかん患者さんなどの脳画像に適用することで、患者さんの脳の年齢がどのように見積もられるかを検討しました。
その結果、ほとんどのタイプのてんかん患者さんで平均4年以上の脳年齢の上昇が起こっており、健常人にみられる脳の加齢と異なった加齢プロセスが存在することが示唆されました。その中でも特に、幻覚や妄想といった精神病症状がある側頭葉てんかんの患者さんの場合、そうでない患者さんに比べて、更に5年程度の脳年齢の上昇が認められました。これは過去の統合失調症等における先行研究とも合致する数値で、てんかんにおいても精神病症状の存在が更に脳年齢を上昇させるメカニズムが存在するようです。また興味深いことに、非てんかん性の心因性発作をもつ患者さんでも、てんかん患者さんと同程度の脳年齢の上昇が認められ、病態生理はもちろん異なりますが、心因性発作においても何らかの脳の器質的な問題が存在する可能性が考えられます。
本研究の手法により、患者さんの通常の診療の枠内でも撮像が可能なMRI画像を用いて、個人レベルで臨床応用できる数値指標の計算が可能になり、今後新たなバイオマーカーとして確立されることが期待されます。
今後の展望
本成果により、今後てんかんにおけるイメージングバイオマーカーの臨床応用が加速することが期待されます。今回用いた構造MRIは、通常の診療でも撮像が可能であり、多くの施設で幅広く利用できると考えられます。また、縦断データを用いた経時的な脳年齢の変化の検証や、認知機能等の更なる臨床データの蓄積による検討を今後行っていく必要があります。
用語解説
てんかん
脳の神経細胞の異常・過剰な興奮に由来する一過性の発作症状(てんかん発作)を主徴とする慢性的な脳の障害をてんかんと呼びます。有病率は人口の1%弱と神経疾患の中では高く、発作による怪我等に加え、精神症状や認知機能障害といった合併症を伴いやすいことも問題となります。
機械学習
機械学習とは、与えられたデータからコンピュータが規則性を学習し、人による指示・介入が無くてもデータを認識することを目的とした技術です。脳画像解析分野では、複数の部位の容積や活動変化の組み合わせを機械がパターン認識することにより、中枢神経疾患の診断や臨床指標の構築に役立てられることが期待されています。
原論文情報
- 論文名:“Neuroimaging-based brain age prediction in diverse forms of epilepsy: a signature of psychosis and beyond”
- 著者:曽根大地、Iman Beheshti、舞草伯秀、太田深秀、木村有喜男、佐藤典子、Matthias Koepp、松田博史
- 掲載誌:Molecular Psychiatry
- DOI:10.1038/s41380-019-0446-9
- URL:https://www.nature.com/articles/s41380-019-0446-9
お問い合わせ先
【研究に関するお問い合わせ】
曽根 大地(そね だいち)
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
脳病態統合イメージングセンター(IBIC) 研究生
(英国ロンドン勤務)
UCL Institute of Neurology
Department of Clinical and Experimental Epilepsy
TEL: +44-2034488612
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(日本でのお問い合わせ先):
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
脳病態統合イメージングセンター(IBIC) センター長 松田博史(まつだ ひろし)
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