新しいうつ病治療として2つの非薬物療法を併用する臨床試験が進行中 〜報酬系神経回路を強化するハイパーソニック・エフェクトの 超高周波音響と認知行動療法のシナジー効果の検証へ〜

新しいうつ病治療として2つの非薬物療法を併用する臨床試験が進行中 〜報酬系神経回路を強化するハイパーソニック・エフェクトの 超高周波音響と認知行動療法のシナジー効果の検証へ〜

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2019年11月27日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
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国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市 理事長:水澤英洋)、認知行動療法センター(センター長:堀越勝、室長:伊藤正哉、研究員:横山知加、駒沢あさみ)、神経研究所(所長:和田圭司)の疾病研究第七部(部長:本田学、室長:山下祐一、研究員:宮前光宏)らの研究チームは、うつ病の中核症状であるアンヘドニア(快楽消失)症状に対して、報酬系神経回路を活性化させるポジティブ価システム焦点認知行動療法を開発するとともに、認知行動療法中に超高周波音響(人間の耳には聞こえない高い周波数を豊富に含む音響)を安定的に呈示する技術を開発することにより、非薬物療法としての両治療の併用が相乗的な効果を持つかを検証する予備的な臨床試験を開始し、進めております。うつ病の症状のなかでも難治性の高いアンヘドニア症状に対して、報酬系神経回路を活性化させる2つの非薬物療法のアプローチ(超高周波音響と認知行動療法)を併用する、世界で初めての試みです。この臨床研究により、認知行動療法実施時に、特段の負荷や負担をかけずとも、超高周波音響を流すのみでその効果が増強するという効果が期待されるものです。
その開発の内容と、臨床試験の計画の全体を説明したプロトコール論文が、日本時間2019年11月20日(水)に米国精神医学会が発行するJAMA network openオンライン版に掲載されました。

本事業は、以下の研究課題によって得られました。

  • 日本医療研究開発機構研究費 「統合医療」に係る医療の質向上・ 科学的根拠収集研究事業 1-4漢方及び鍼灸を除く各種療法に関する科学的知見を創出するための研究” 課題名『超高周波音響療法による認知行動療法の増強効果』2017年度〜2019年度
  • パブリックヘルス財団 ストレス科学分野「ストレスマネジメント」 課題名『認知行動療法面接中における超高周波音響呈示のブースト効果研究:抑うつ症状の改善に焦点を当てて』2017年度

研究の背景と内容

精神疾患はわが国の5大疾病のひとつであり、最も患者数が多いことで知られます。なかでも、うつ病と不安障害の1年間の時点有病率は7.9%です。診療ガイドラインや系統的レビューによると、中等症以上のうつ病の治療のひとつとして、非薬物療法の一つである認知行動療法が推奨されています。しかしながら、認知行動療法を受けても改善しない方もおられ、その効果増強についての研究が求められています。近年の研究では、うつ病の症状のなかでも、快楽消失と呼ばれるアンヘドニア症状はとくに治療によって改善しにくいことが報告されています。アンヘドニア症状は、うつ病だけでなく不安症や統合失調症など、さまざまな精神疾患にも認められることがわかっています。
そこで私たちは、新しいうつ病治療として、“アンヘドニアに対するポジティブ価システムに焦点を当てた認知行動療法(Positive valence system-focused cognitive behavioral therapy; PoCot)”と“超高周波音響によるハイパーソニック・エフェクト(Hypersonic Effect)”に着目しました。
ポジティブ価システムに焦点を当てる認知行動療法とは、うつ病の中でもアンヘドニア症状を改善することに焦点を当てた認知行動療法です。アンヘドニア症状は従来の治療では改善されにくい症状であり、ポジティブ感情の低下、意欲の減退、報酬に対する感受性の低下、歓びの喪失などの様々な定義が与えられています。近年提唱された研究領域基準(Insel et al., 2010)においては、このアンヘドニア症状は上記のような「ポジティブ価システム」の失調として捉えられられています。近年の認知行動療法は、神経科学とポジティブ心理学の知見を導入し、これらのポジティブ価システムを特に強化するための介入を用いて、ポジティブ価システム焦点認知行動療法として、うつ病治療の改善を検証しつつあります(e.g., Craske et al., 2019)。
もう一つのハイパーソニック・エフェクトとは、人間の可聴域上限を超える超高周波成分を豊富に含む音響情報が、報酬系神経回路を含む脳深部の神経活動を活性化し、人体に全身的影響を及ぼす現象です。これまで疾病研究第七部の研究グループは、この現象を複数の非侵襲脳機能イメージングと様々な生理活性指標を用いて明らかにしてきました(Oohashi et al., 2000他)。そのひとつとして、超高周波音響は、報酬系回路の血流を増加させるとともに、それと並行して脳波α波のパワーを増強させること、視床下部の活性化を反映してNK細胞活性を上昇させ、ストレスホルモンを低下させるといった全身反応を導く効果があることなどを明らかにしてきました。
このように、ポジティブ価システム認知行動療法も、超高周波音響も、どちらも脳の報酬系神経回路(もしくはポジティブ価システム)の活性化に関与すると想定されます。そこで、両方のアプローチを併用することによって、報酬系神経回路がより活発に活性化され、それによってうつ病の症状が改善すると期待されます。そこで、本臨床試験では、アンヘドニア症状を呈する成人44名を被験者対象集団とし、ポジティブ価システムに焦点を当てた認知行動療法に超高周波音響を呈示した試験治療の、同治療に超高周波を含まないプラセボ音響を呈示した対照治療に対する、アンヘドニア症状への有効性に対する優越性を検証します。
JAMA network open誌に掲載された論文ではこの臨床試験の詳細を公開するとともに、認知行動療法を実施している最中に超高周波音響を呈示する手法(図1)や、ポジティブ価システム焦点化認知行動療法の概要を紹介しています。超高周波音響の呈示法に関しては、超高周波成分と低周波成分をそれぞれ別個に分離し提示するシステムを開発することで、超高周波を安定的に提示することを実現しました(図1)。ポジティブ価システム焦点化認知行動療法は、ポジティブ価システムに関する神経科学の知見をもとにして、アンヘドニアとの関連が想定されている脳機能・部位を特定し、それらの改善が期待される治療技法を組み合わせて治療を構成しています(図2)。

図1. 超高周波音響を呈示可能としたセラピールーム

図1. 超高周波音響を呈示可能としたセラピールーム
注)実際に使用する面接室において、100kHzまで計測可能な音響スペクトル解析システムを用いて室内の音を実測することによって、呈示音源・研究参加者の座席位置・スピーカーの設定・音量などを詳細に検討し、実施環境を構築しています。

図2. ポジティブ価システム焦点化認知行動療法の介入テキスト

図2. ポジティブ価システム焦点化認知行動療法の介入テキスト

研究の意義と今後の展開

今回の臨床試験は本年度中に登録を終え、解析を行う予定です。その有効性についての資料が得られれば、今後はより大規模なランダム化比較試験によって検証を行うことを予定しております。同時に、様々な疾患(全般不安症、社交不安症、パニック症、心的外傷後ストレス障害など)や認知行動療法の他の治療要素(モニタリング、認知再構成、エクスポージャー、マインドフルネス)への適用へと拡張させて増強効果を検証することも期待されます。
また、本研究は先端的電子情報技術というわが国の強みを最大限に活用したアプローチをとっています。音響療法を含む情報技術を応用した統合医療という大きな未来性を持つ学術・産業領域を、本邦先導の下に世界に提案するとともに、電子情報通信産業やメディア産業など、異分野から医療分野への効果的で摩擦の少ない参入を促すことが期待されます。

用語解説

認知行動療法(cognitive behavior therapy)

認知行動療法は実施手順が定められている心理療法のひとつであり、うつ病や不安症の治療として診療ガイドラインで推奨されています。認知行動療法では、うつや不安などの精神的な症状を有していると、物事のとらえ方がより否定的になるとともに、症状を維持するような行動にとらわれがちになると考えます。そこで、その人の認知のあり方や行動の仕方を見直し、試していくことで、さまざまな症状の改善を図ります。

超高周波音響によるハイパーソニック・エフェクト(Hypersonic effect)

人間の可聴域を越える超高周波を豊富に含む音情報は、脳幹、視床、視床下部を含む深部脳とそこから帯状回や前頭前野に拡がる神経ネットワークを活性化して、さまざまな生理・心理・行動反応を導く事がわかっており、この現象はハイパーソニック・エフェクトと呼ばれています。本研究では、超高周波音響を豊富に含む熱帯雨林の自然環境音を使用しています。

アンヘドニア(anhedonia)

古典的には、「歓びの喪失」として定義される状態を指します。近年では、この定義はアンヘドニアの一側面を表現しているだけに過ぎないという指摘があり、より多面的な構成概念であることが示唆されています。具体的には、アンヘドニアはポジティブ価システムの失調として捉えることができ、報酬獲得に対する動機づけおよびエフォートの低減、報酬獲得時の快感情の低減・持続困難、報酬獲得に関する学習の困難などを含む状態と考えられています。

原論文情報

論文名:“Augmentation of Positive Valence System-Focused Cognitive Behavioral Therapy by Inaudible High-Frequency Sound for Anhedonia: A Trial Protocol for a Pilot Study”
著者名:Masaya Ito, Mitsuhiro Miyamae, Chika Yokoyama, Yuichi Yamashita, Osamu Ueno, Kazushi Maruo, Asami Komazawa, Madoka Niwa, Manabu Honda, Masaru Horikoshi
論文名(日本語):アンヘドニアに対するポジティブ価システム焦点化認知行動療法の超高周波音響による増強効果:予備試験のための試験プロトコル
著者名(日本語):伊藤正哉、宮前光宏、横山知加、山下祐一、上野修、丸尾和司、駒沢あさみ、丹羽まどか、本田学、堀越勝
掲 載 誌: JAMA Network Open
URL: https://jamanetwork.com/journals/jamanetworkopen/article-abstract/2755670
Doi: https://doi.org/10.1001/jamanetworkopen.2019.15819

お問い合わせ先

研究に関するお問い合わせ

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
認知行動療法センター 室長 伊藤正哉(いとう まさや)
TEL: 042-341-2711 (代表) FAX: 042-356-2064
e-mail:masayait@ncnp.go.jp

報道に関するお問い合わせ

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 総務課 広報係
〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1
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