2019年11月28日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP、東京都小平市 理事長:水澤英洋)神経研究所(所長:和田圭司)の山村隆特任研究部長らの研究グループは、フランス、ドイツ、イタリア、ポーランド、ハンガリー、イギリス、スペイン、台湾、アメリカ、日本などの研究機関と共同で、神経難病である視神経脊髄炎スペクトラム(NMOSD)を対象とする抗IL-6受容体抗体サトラリズマブの第III相国際共同治験*(*中外製薬株式会社の企業治験)を完遂しました。その結果、ベースライン治療にサトラリズマブを上乗せ投与することによって、治験開始後最初の再発が起こるまでの期間が有意に延長することが確認されました。これまで山村らはNCNP病院で医師主導臨床試験(非盲検パイロット試験)を実施し7例のNMOSD患者におけるIL-6阻害療法の有用性を既に報告しています。今回の83例を対象とする企業治験の結果は、視神経脊髄炎におけるIL-6の関与およびIL-6シグナルを標的とする治療の意義を明確にしたものと考えられます。
本研究成果は、日本時間2019年11月28日(木)、米国の科学誌「The New England Journal of Medicine (NEJM)」電子版に掲載されました。
研究の背景と概要
視神経脊髄炎(用語解説1)は、視神経炎や脊髄炎のために視力低下、四肢の運動麻痺、感覚障害、痛みなどの症状を来たす神経疾患で、再発を繰り返しながら悪化します。ステロイド剤や免疫抑制剤や血液浄化療法に一定の効果はありますが、難治化することが多く患者さんの生活の質(QOL)が大きく損なわれるため、画期的な治療法の開発が期待されていました。
この病気は抗アクアポリン4抗体陽性の自己免疫性疾患として広く認知されるようになってきましたが、同抗体、自己抗体を産生するリンパ球(プラズマブラストなど)や好中球によって炎症が引き起こされ、さまざまな症状が起こります。NCNPでは近年インターロイキン−6(IL-6)(用語解説2)がアクアポリン4抗体陽性の視神経脊髄炎の病態に密接に関わることを示す研究結果を発表してきました1)-4)。IL-6阻害療法の有用性に関するパイロット試験3)4)もNCNP病院で実施し、IL-6阻害療法の実用化に対する期待がたかまっていました。
本研究では、視神経脊髄炎スペクトラム(NMOSD)(抗アクアポリン4抗体陽性および陰性を含む)に苦しむ国内外の患者を対象とし、ステロイド剤や免疫抑制剤による治療(ベースライン治療)に抗IL-6受容体抗体サトラリズマブを追加投与する群と追加投与しない群に分けて、サトラリズマブの有効性と安全性を検証しました。その結果、同剤がプラセボに比較してNMOSDの再発を有意に抑制することが確認されました。また同剤には重篤な副作用もみられませんでした。
NMOSDは、一回の再発で高度の障害を来すことがあります。本薬剤はNMOSDの再発リスクを減らす新たな治療薬として、患者の機能的予後の改善にも貢献することが期待されます。
試験内容
1. 治験のデザイン
本試験(第III相ランダム化二重盲検プラセボ対照比較試験)では、NMOSD(抗アクアポリン4抗体陰性症例を含む)を対象として、ベースライン治療(アザチオプリン、ミコフェノール酸モフェチルもしくは経口ステロイドの単剤/併用療法)にサトラリズマブを上乗せ投与した際の有効性および安全性を二重盲検プラセボ対照試験で評価しました。国内外の施設で研究に参加した13~73歳の男女83例について、治験計画書に規定された再発(以下、再発)が二重盲検期間に最初に起こるまでの期間を主要評価項目としました。
患者はサトラリズマブまたはプラセボのいずれかに1:1の割合で無作為に割り付け、ベースライン治療に加え、サトラリズマブ(120 mg)またはプラセボを0、2および4週目、その後は4週間隔で皮下に投与しました。二重盲検期間は、再発の総数が26件に達した段階で終了し、二重盲検期間終了後は非盲検継続投与期間に移行し、両群ともサトラリズマブにより治療を継続しました。
2. 治験の結果
総数83例のうちサトラリズマブを上乗せ投与した41名では、8名(19.5%)のみに再発が認められました。一方でプラセボ群42名では18名(42.9%)で再発が認められました(ハザード比:0.38、95%信頼区間:0.16~0.88、p=0.018[層別log-rank検定])。Multiple imputationにより打ち切りを補完した解析でも同様の結果が確認されました。
またサトラリズマブの上乗せ投与を受けた患者さんは、治療開始48週、96週の時点でそれぞれ88.9%、77.6%が無再発でしたが、プラセボを上乗せされた患者さんでの無再発率は、それぞれ66%、58.7%でした。
あらかじめ計画された抗アクアポリン4抗体陽性と陰性症例を比較するサブ解析の結果では、抗体陽性例ではサトラリズマブ群27名中3名(11.1%)で再発が認められましたが、プラセボ群28名中12名(42.9%)で再発が認められました(ハザード比:0.21、95%信頼区間:0.06~0.75)。一方、抗体陰性例においては、 サトラリズマブ群14名のうち5名(42.9%)、プラセボ群14名のうち6名(35.7%)で再発を認めました(ハザード比:0.66、95%信頼区間:0.20~2.24)。
サトラリズマブは約2年間の治療期間(平均値)を通じて良好な忍容性を示し、重篤な有害事象の発現率はサトラリズマブ群とプラセボ群で同様でした。サトラリズマブ群の主な有害事象は上部気道感染、鼻咽頭炎(感冒)および頭痛でした。
NCNPにおける視神経脊髄炎研究とIL-6
視神経脊髄炎は視力低下や四肢の運動・感覚障害などの多発性硬化症と似た症状を呈しますが、多発性硬化症の治療薬(インターフェロンベータなど)は無効であるばかりか、病態を悪化させることから、多発性硬化症とは違う治療戦略の確立が求められていました。NCNP神経研究所免疫研究部の山村隆部長らは、2009年より視神経脊髄炎の新規治療標的を同定する研究を開始しました。
研究チームは視神経脊髄炎ではプラズマブラストという自己抗体の産生細胞が増加していることを突き止め1)2)、さらにプラズマブラストは抗アクアポリン4抗体を産生することを明らかにしました1)。プラズマブラストの生存や機能に影響を与える因子としてIL-6が重要であることから、山村らは関節リウマチでは承認されているIL-6受容体阻害薬を、視神経脊髄炎に応用する臨床研究を提案しました。この提案はNCNPの倫理委員会で承認され、厚生労働省研究班からIL-6受容体阻害薬の提供を受けられることが決まり、7例の難治性視神経脊髄炎患者を対象とする臨床研究が開始されました。その結果はIL-6受容体阻害薬の有効性を示し3)4)、視神経脊髄炎に対するIL-6受容体阻害薬治療の提唱の妥当性確認(プルーフ・オブ・コンセプト)に成功したものと判断しました。
本研究の成果について
一連の研究の結果をもとに、中外製薬株式会社によるIL-6受容体阻害薬サトラリズマブによる国際共同治験の計画が提案されました。 サトラリズマブは同社が創製したヒト化リサイクリングモノクローナル抗体です。当センターとしては、難病に苦しむ患者様に画期的な治療薬を届けるための重要な機会と判断して、この国際プロジェクトに中心的な治験施設として参加し、山村は筆頭・責任著者として論文をまとめました。NCNPの研究者によって産みだされた治療戦略が国際共同治験によって評価されたことは、我が国脳神経内科領域における特筆すべきニュースであり、海外でもきわめて高い評価を得ています。なお、この治験には当センターに通院されている10例の患者さんが参加し、患者さんの診療を担当する脳神経内科の医師、CRCなど多くのスタッフが貢献したことを付記し、多くの関係者に心より御礼を申し上げます。
用語解説
視神経脊髄炎(neuromyelitis optica; NMO)と視神経脊髄炎スペクトラム(NMO spectrum disorder; NMOSD)
NMOおよびNMOSDは視神経と脊髄に強い炎症が起こり、失明、視野欠損、四肢麻痺、感覚異常、痛みの症状などの症状が起きる自己免疫疾患である。急性期にはステロイドパルス治療や血液浄化療法を実施するが、充分に回復しない場合も少なくない。抗アクアポリン4抗体(AQP4抗体)陽性の症例(NMOの原型)では、アストロサイト障害に伴う髄液GFAP上昇などの多発性硬化症と明確に異なる特徴を示す。一方AQP4抗体陰性であっても臨床症状やMRI所見が多発性硬化症ではなくNMOに近似していれば、抗体陽性例と一括りにしても問題はないという考えが主張され、2015年より、抗体陽性と陰性例を含めて視神経脊髄炎スペクトラム(NMOSD)とまとめられるようになっている。しかし抗体陰性例には、アストロサイト障害の軽微な例も含まれ、NMOSDという概念はかなりプラクティカルな判断によって決められた概念であることは否定できない。本プロジェクトではNMOSD(抗体陰性例を含む)を対照とした試験を行っているが、陽性例と陰性例を比較するサブ解析によって病態について新しい理解が得られる可能性がある。
インターロイキン6(IL-6)
T細胞やマクロファージ等の免疫系細胞によって分泌されるサイトカインの一種であり、その受容体としては膜結合受容体の他に、分泌型の可溶性受容体が存在する。抗体産生、T細胞の分化(Th17細胞の誘導/制御性T細胞の抑制)などに関わり、関節リウマチを含む、さまざまな炎症・免疫病態への関与が証明されている。IL-6を阻害する薬剤は、関節リウマチやキャッスルマン病に適応がある。NMOSDにおけるIL-6の役割としては、抗体産生細胞の活性化、制御性リンパ球の抑制、Th17細胞の誘導、好中球の活性化、血液脳関門の透過性亢進などが推測されている。
参考文献
1)Chihara, N., T. Aranami, W. Sato, Y. Miyazaki, S. Miyake, T. Okamoto, M. Ogawa, T. Toda, and T. Yamamura: Interleukin 6 signaling promotes anti-aquaporin 4 autoantibody production from plasmablasts in neuromyelitis optica. PNAS 108:3701-3706, 2011
2)Chihara, N., T. Aranami, S. Oki, T. Matsuoka, M. Nakamura, H. Kishida, K. Yokoyama, Y. Kuroiwa, N. Hattori, T. Okamoto, M. Murata, T. Toda, S. Miyake, and T. Yamamura : Plasmablasts as migratory IgG producing cells in the pathogenesis of neuromyelitis optica. PLOS ONE 2013; 8:e83036.
3)Araki, M., T. Aranami, T. Matsuoka, M. Nakamura, S. Miyake, and T. Yamamura: Clinical improvement in a patient with neuromyelitis optica following therapy with anti-I-6 receptor monoclonal antibody tocilizumab. Mod Rheum 23: 827-831, 2013
4)Araki, M., T. Matsuoka, K. Miyamoto, S. Kusunoki, T. Okamoto, M. Murata, S. Miyake, T. Aranami, and T. Yamamura: Efficacy of the anti-IL-6 receptor antibody tocilizumab in neuromyelitis optica: A pilot study. Neurology 82: 1302-1306, 2014
原論文情報
論文名:Trial of satralizumab in neuromyelitis optica spectrum disorder
著者名:Yamamura, T., Kleiter, I., Fujihara, K., Palace, J., Greenberg, B., Zakrzewska-Pniewska, B., Patti, F., Tsai, C.-P., Saiz, A., Yamazaki, H., Kawata, Y., Wright, P., De Seze, J.
掲載誌: The New England Journal of Medicine
URL: https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1901747
doi: 10.1056/NEJMoa1901747
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