ストレスによる行動変化のメカニズムを分子レベルで解明 ~眼窩前頭皮質-扁桃体回路の役割~

ストレスによる行動変化のメカニズムを分子レベルで解明 ~眼窩前頭皮質-扁桃体回路の役割~

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2020年5月21日
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター (NCNP)
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ストレスによる行動変化のメカニズムを分子レベルで解明
~眼窩前頭皮質-扁桃体回路の役割~

 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所と精神保健研究所の連携による共同研究グループ(関口 正幸疾病研究第四部研究員、山田 光彦精神薬理研究部部長)の國石 洋リサーチフェローらは、ストレスによりマウスの眼窩前頭皮質-扁桃体回路においてカルシウム透過性AMPA型グルタミン酸受容体のシナプスへの動員が引き起こされ、これがストレスによる行動変化(抑うつ反応など)の一因となることを明らかにしました。この研究結果は、うつ病や不安障害などといった様々な精神疾患の病態解明や新規治療法開発に向けた成果として注目されます。

 研究成果は日本時間2020年5月20日午前3時に米国精神医学誌『Translational Psychiatry』に発表されました。

■研究の背景
 ストレスはうつ病や不安障害などの精神疾患においてリスク因子となることが知られています。マウスなどの実験動物においても、ストレスの負荷により抑うつ反応や不安状態が生じることがよく知られており、その一因としてモノアミン(ノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミン)を神経伝達物質とするシナプスの活動変化などが考えられています。しかし、脳内神経回路網において中心的な役割を果たすグルタミン酸を神経伝達物質とするシナプスにおいて、ストレスがどのような変化を引き起こすのかについては、これまであまりよくわかっていませんでした。また、グルタミン酸シナプス伝達の変化がストレスによる行動変容に結びつくかどうかについても不明でした。

■研究の内容
 本研究では、『眼窩前頭皮質』という情動や動機付けに非常に重要とされる脳部位のニューロンと『扁桃体』という情動情報の処理に中心的な役割を果たす脳部位のニューロン間のシナプス伝達がストレスにより変容することをマウスを用いた実験で明らかにしました。その変容とは、このシナプスで神経伝達物質として働くグルタミン酸に対するポストシナプス(1)部位の主要な受容体(AMPA受容体(2))の分子変化です。具体的には、ストレスを受ける前はこのシナプスではカルシウムを通さないAMPA受容体がシナプス伝達を仲介するAMPA受容体の大部分を占めるのに対し、ストレスを受けるとカルシウムをニューロン内に通すAMPA受容体(カルシウム透過性AMPA受容体(3))が増加するというものです。この増加は眼窩前頭皮質から扁桃体(基底外側核)ニューロンへのシナプス伝達を光遺伝学的手法を駆使して選択的に計測し(図1)、電気生理学的に解析することにより明らかにされました(具体的には内向き整流性(4)の増加、図2)。

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 さらに、この増加はカルシウム透過性AMPA受容体の細胞膜への移行に重要な役割を果たすサイクリックAMP依存性プロテインキナーゼ(Aキナーゼ)(5)の阻害剤によって抑制されることが確認されました。
 シナプスにカルシウムが流入すると、リン酸化を中心とした細胞内シグナル伝達が活性化され、結果としてシナプス伝達に変化が起こることが良く知られています。そしてシナプス伝達の変化は行動の変化を引き起こす場合があることも知られています。
 そこで、本研究では上述のストレスによる眼窩前頭皮質から扁桃体へのシナプスでのカルシウム透過性AMPA受容体の増加というシナプス伝達の変化が脳機能に及ぼす影響を、光遺伝学的、薬理遺伝学的手法を駆使して確かめました。
 その結果、抗うつ薬で抑制されるマウスの行動(強制水泳や尾懸垂での無動行動)が、本実験で用いたストレスにより有意に増強し、この増強は眼窩前頭皮質から扁桃体へのシナプス伝達を薬理遺伝学的手法を用いて人工的に抑制することで起こらなくなることが分りました。反対に、ストレスを受けていないマウスの眼窩前頭皮質から扁桃体へのシナプス伝達を光遺伝学的手法を用いて人工的に強めた場合、ストレス付加と同様な行動変化がマウスに引き起こされることも確認されました(図3)。さらに、上述したカルシウム透過型AMPA受容体の細胞膜への移行に重要なAキナーゼの阻害剤がストレスによる行動変容を抑制することも示唆されました。 
 したがって、このシナプスにおけるカルシウム透過性AMPA受容体のシナプスへの動員は今回用いたストレスによる抗うつ薬応答性行動の促進に強く関わっている可能性が示唆されました。

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■今後の展望・意義
 本研究の成果は、ストレスによる眼窩前頭皮質から扁桃体へのグルタミン酸シナプス伝達の変化とその行動変容についてカルシウム透過性AMPA受容体の存在を示した最初の報告として注目されます。
 今後、ストレスが関与する精神神経疾患の発症メカニズム理解や治療法開発のためにカルシウム透過性AMPA受容体が新たな分子ターゲットとなりうるか、ヒトでの検討も含めさらに詳細な研究の進展が期待されます。

■用語解説
(1) ポストシナプス:ニューロン間の情報のやり取りが行われる『シナプス』構造における情報を受け取るニューロン側の構造。プレシナプス(情報を送る側の構造)から放出されるグルタミン酸などの伝達物質の受容体が集積する。
(2) AMPA受容体:ポストシナプスに局在するイオンチャネル型グルタミン酸受容体の1種。グルタミン酸による速い興奮性神経伝達を担う。
(3) カルシウム透過性AMPA受容体:AMPA受容体のうちGluA2以外のサブユニットで構成される受容体。GluA2サブユニットを含むAMPA受容体(成体に発現するAMPA受容体のうち大部分を占める)と異なり、カルシウムイオンを細胞の外から中に通過させる性質や内向き整流性(4)を持つ。
(4) 内向き整流性:細胞膜の外側へイオン電流(外向き電流)を流しにくい性質。
(5) サイクリックAMP依存性タンパク質キナーゼ(Aキナーゼ):標的タンパクのセリン/トレオニン残基をリン酸化し、活性化/不活性化を調節する。AMPA受容体サブユニットのリン酸化を介して、カルシウム透過性AMPA受容体のシナプス膜への動員を制御する。

■原著論文情報
・論文名:Stress induces insertion of calcium-permeable AMPA receptors in the OFC-BLA synapse and modulates emotional behaviours in mice.
・タイトル和訳:ストレスは眼窩前頭皮質-扁桃体基底外側核シナプスへのカルシウム透過性AMPA受容体の動員と情動行動の変容を引き起こす。
・著者名:Hiroshi Kuniishi, Daisuke Yamada, Keiji Wada, Mitsuhiko Yamada*, Masayuki Sekiguchi*
・掲載誌:Translational Psychiatry
・Web: https://rdcu.be/b4fkz
・DOI:10.1038/s41398-020-0837-3

■助成金
 本研究は、JSPS科研費(15K067301、18K15533)並びに精神・神経疾患研究開発費(27-1、28-1、30-1、30-3)の支援によって行われました。

■お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 
神経研究所 疾病研究第四部
関口 正幸
Tel: 042-341-2711
E-mail: sekiguch(a)ncnp.go.jp

国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 
精神保健研究所 精神薬理研究部
山田 光彦
Tel: 042-341-2711
E-mail: mitsuhiko_yamada(a)ncnp.go.jp

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター
総務課 広報係
〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1
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