自閉症小児が周囲の人を見ないことが、社会脳の発達を障害する可能性を示唆 ---早期行動療法の開発に有用か---

自閉症小児が周囲の人を見ないことが、社会脳の発達を障害する可能性を示唆 ---早期行動療法の開発に有用か---

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2022年7月28日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
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自閉症小児が周囲の人を見ないことが、社会脳の発達を障害する可能性を示唆
---早期行動療法の開発に有用か---

国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所微細構造研究部の中神明子研究員、安江みゆき研究員、一戸紀孝部長および国立大学法人名古屋大学情報学研究科川合伸幸教授のグループは、自閉症モデルマーモセットが、子どもの時に大人のマーモセットを見ている時間と、成長後の自閉症様症状の間に強い相関があることを見いだしました。これは、幼少期にできるだけ周りの人を見るようにすることが、自閉症の早期治療の対象となる可能性を示すとともに、自閉症モデルマーモセットが自閉症治療法開発に有用であることも示しています。

研究成果は国際科学雑誌「Frontiers in Psychiatry」オンライン版に2022年7月25日13時0分(日本時間)に掲載されました。

研究背景

自閉スペクトラム症(自閉症)は小児の44人に1人に認められる (米国疾病予防管理センター報告: 2021年)頻度の高い発達障害で、社会性・コミュニケーションの障害とくりかえし行動・固執性、感覚過敏が特徴です。自閉症はうつ病、睡眠障害、胃腸障害などの二次障害を伴うことも多く、失業率の高さなどから社会的にも大きな問題となっています。しかし、いまだに確立された治療法はありません。

これまで自閉症の早期行動介入法の有効性が示されてきましたが、現在の行動療法は効果が個々人で一貫せず、より標準的で有効な治療法の開発が望まれています。そのためには、さまざまな小児期の自閉症の症状の中で、介入対象とするべき症状を明らかにすることが重要と考えられます。

研究概要・内容

われわれは2021年にヒトの自閉症と病態が極めて近い自閉症モデルマーモセット(新世界ザル)(※1)を開発し、成果を発表しました。マーモセットはアイコンタクトを行って社会行動をとるため、この自閉症モデルマーモセットはヒト自閉症の特徴である「視線が合わない」という特徴を再現できます。これは、ヒトよりも社会性がよわく、機能的にも目が横に位置し、目を合わせないマウス・ラットと対照的です。
今回の研究では、小児の自閉症兆候の「目が合わない」「まわりの人を見ない」などの症状は、まわりで起こる社会行動・交流の様子をつぶさに観察する機会を減らし、社会生活に必要な社会脳の発達を正常から逸脱させるという仮説を立てました。

マーモセットは両親からコミュニケーションの手法を学び、マーモセット社会で生きるためのスキルを獲得します。そこでわれわれは、小児期の自閉症モデルマーモセットが他の大人を見る時間を調べ、成長後に現れる高度な社会性の障害や固執的行動との関連を調べました。

小児期のマーモセットが3チャンバーテスト(※2)で、透明な筒の中の大人のマーモセットを見る時間を測定しました。その結果、自閉症モデルマーモセットは 対照のマーモセットに比べて大人を見る時間(社会的注意)が半分以下に低下していることがわかりました。これは自閉症の小児において最初に気づかれる兆候をよく再現していると考えられます(下図)。

マーモセットの写真と、視線が合わない男の子のイラスト

この自閉症モデルマーモセットが成長後、2つの高度な社会性試験を行いました。その結果、自閉症モデルマーモセットは、他者同士の交流の観察によって、交流当事者の利己性を判断する能力に障害を来すことがわかりました(第3者互恵性判断:※3)。また、自閉症モデルマーモセットは、パートナーが自分よりもよい報酬をもらっていても自分のタスクをしっかり遂行することがわかりました (不公平忌避:※4)。これらの自閉症モデルマーモセットの行動的特徴は自閉症で報告されている特徴とよく類似します。これらの障害の程度と、小児期の社会的注意の低下の間には強い相関が見られました(下図)。

モデルマーモセットが大人のマーモセットを見ている時間のグラフ

さらに、成体の自閉症モデルマーモセットの行動の柔軟性を検討しました。方法として逆転学習テスト(※5)を採用し、マーモセットは最初に右左どちらかの蓋の下にエサが隠されているかを学習します。エサをほぼ確実にとれるようになったら、エサを逆の蓋の下に移して、エサの場所を再び、学習させます。自閉症モデルマーモセットは最初のエサの場所を健常マーモセットよりも早く覚えましたが、エサの場所が逆転するとエサの場所の学習が遅くなりました。これは、自閉症の方が時に示す高い記憶力と、習慣へのこだわり・固執と類似の行動特徴と考えられます (下図a)。自閉症モデルマーモセットのこだわり的な特徴は、やはり小児期の社会的注意の障害と強い相関を示しました(下図b)。

こだわりと記憶力のイメージイラストと、モデルマーモセットが大人マーモセットを見ている時間のグラフ

社会的意義・今後の展望

本研究の結果は、自閉症小児の社会的注意の障害が、その後の社会脳の発達を障害する可能性を示唆しています。同時に、自閉症の早期に周囲のヒトへ視線を向けるようにすることが、早期治療の対象となる可能性を示します。今後、自閉症モデルマーモセットを用いた早期治療介入法の開発が期待されます。

用語説明

(※1) 自閉症モデルマーモセット
南米原産の小型のサル(200-300g)で、両親が協力して子育てをする社会性に優れた霊長類です。また、アイコンタクトや、多様な鳴き声を用いてコミュニケーションをするというヒトと類似した社会行動特性を持ちます。また脳の形態・機能がヒトと似ていて発達した大脳皮質を持ちます。自閉症モデルマーモセットは妊娠早期の母マーモセットに遺伝子発現を変化させるバルプロ酸を投与して作成されました。

(※2) 3 チャンバーテスト
1つの箱が3つの部屋に区切られた箱 (3チャンバー)を用いて行うテストです。一方の端の部屋には透明なチューブの中に見知らぬ成体のマーモセットが入っており、もう一方の部屋には空のチューブだけを置いておきます。テストされるマーモセットは、それぞれの部屋を仕切る板の穴を通って箱の中を自由に移動します。テストされるマーモセットがどれだけ見知らぬ大人のマーモセットを見るかの時間を測定します。

(※3)第3者互恵性判断能力
「相手に対して役に立って上げると、そのお返しをしてもらえる」という相互の関係を互恵性といいます。自分が相手に役に立っても、お返しをしてくれない相手との関係を持つことは不利益です。そこで他者同志の行っている交渉を外から観察して、お返しをしてくれなさそうな相手を事前に見分けておく能力が必要になります。実験では、2人の実験者の1人がエサを独り占めするお芝居をします(下図)。その後2人の実験者は、マーモセットに対して同時にエサを差し出します。一般にマーモセットは独り占めした実験者からエサを受け取ることを避けますが、自閉症モデルマーモセットは、どちらの実験者からも同じ頻度で受け取ります。

(※4)不公平忌避
不公平な状態を好まない特性です。不公平忌避は協力社会を作る動物種にしかないといわれ、マーモセットはこの特性をもちます。普通、マーモセットは別なマーモセットが自分と同じ課題をしても、自分よりもよいエサをもらっていることに気づくと、その課題をやめてしまいます。この行動には、まず不公平を認知する能力が必要になります。自閉症モデルマーモセットは、不公平な状況でも課題を続けます。自閉症児が不公平な申し出を受け入れてしまうことが、いじめの一因になっているともいわれています。

(※5)逆転学習
ケージに入ったマーモセットの前には、エサが入るくぼみが2つあります(写真中央のくぼみは常に空になっており、実験目的には使用せず)。くぼみには蓋があり、ふたをずらすことでマーモセットはエサを獲得できます。最初は常にエサは左右のどちらから一方に隠されています。マーモセットはテスト中に、隠されている側を学習し正答率が上がってきます。十分に正答率が上がったところで、今度は逆側に隠すようにします。最初、マーモセットは以前にあった側を開けようとしますが、徐々に新しく隠されている側をあけるようになります。しかし、自閉症モデルマーモセットでは、最初の実験で隠されている側を開けることを学習する速度は速く、次の実験で反対に隠されるようになると、学習の速度が低下します。

論文情報

タイトル
Reduced childhood social attention in autism model marmosets predicts impaired social skills and inflexible behavior in adulthood
著者名
Akiko Nakagami, Miyuki Yasue, Keiko Nakagaki, Madoka Nakamura, Nobuyuki Kawai, Noritaka Ichinohe (Akiko NakagamiとMiyuki Yasueは共同筆頭著者)
雑誌
Frontiers in Psychiatry
DOI
10.3389/fpsyt.2022.885433/full

研究グループ

・国立精神・神経医療研究センター 神経研究所微細構造研究部
  一戸紀孝、安江みゆき、中垣慶子、中村月香
・日本女子大学人間社会学部心理学科 中神明子
・名古屋大学報学研究科 川合伸幸

研究支援

本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって行われました。
国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費 「発達障害の治療法の確立をめざすトランスレーショナルリサーチ」 (2-7):日本医療研究開発機構(AMED)「脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト(革新脳))」の「脳科学研究に最適な実験動物としてのコモンマーモセット:繁殖・飼育・供給方法に関する研究」

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
国立精神・神経医療研究センター神経研究所 
微細構造研究部 
部長 一戸紀孝
〒187-8502 東京都小平市小川東町4-1-1
TEL: 042-341-1719 FAX: 042-346-1749
E-mail: nichino(a) ncnp.go.jp

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課 広報室
〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1 
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