ALSのミトコンドリア機能改善に新知見
-ALS患者由来iPS細胞などでMA-5による病態改善効果を確認-
-ALS患者由来iPS細胞などでMA-5による病態改善効果を確認-
発表のポイント
● ミトコンドリア(注1)機能を高める低分子化合物MA-5(注2)が、SOD1(注3)変異を持つ筋萎縮性側索硬化症(ALS)(注4)モデルショウジョウバエの運動機能とミトコンドリア機能が改善することを明らかにしました。● MA-5は、ALS患者由来の皮膚線維芽細胞(注5)や患者由来iPS細胞(注6)から作製した運動神経細胞において、ATP(注7)産生やミトコンドリア機能を改善する作用を確認しました。
● 本成果は、ミトコンドリアを標的としたALSの治療法を検討する基盤となることが期待されます。
概要
ALSでは、運動神経細胞のエネルギー産生を担うミトコンドリアの異常が病態に関与すると考えられています。東北大学の豊原敬文教授、阿部高明教授、青木正志教授、鈴木直輝准教授、及川善嗣医師(研究当時 東北大学病院)、羅予涵大学院生、京都大学の倉永英里奈教授、国立精神・神経医療研究センターの青木吉嗣部長、村松里衣子部長、慶應義塾大学の岡野栄之教授、森本悟特任教授、曽我朋義特任教授らの研究グループは、ミトコンドリア機能を高める低分子化合物Mitochonic acid 5(MA-5)のALSに対する効果を、変異SOD1型ALSモデルのショウジョウバエ、ALS患者由来の皮膚線維芽細胞や患者由来iPS細胞から作製した運動神経細胞を用いて検証しました。その結果、MA-5は、ALSのショウジョウバエで低下していた運動機能やATP産生、ミトコンドリア膜電位を改善し、ALS患者由来の各細胞においてもATP産生やミトコンドリア機能などを高めることを明らかにしました。本研究は、さまざまなALSの病型に共通するミトコンドリア機能異常を標的とする研究の基盤となることも期待される成果です。
本研究成果は、2026年9月23日にJCI Insightに掲載されました。
詳細な説明
研究の背景ALSは、運動をつかさどる神経細胞が徐々に失われ、筋力低下や呼吸障害が進行する難治性の神経疾患です。これまでに複数の治療薬が開発されていますが、その効果は主として病気の進行を一定程度遅らせることにとどまり、ALSの病態を根本的に改善する治療法はいまだ確立されていません。
ALSにはSOD1をはじめとする遺伝子異常を伴う家族性ALSと、明らかな遺伝的原因が特定されない孤発性ALSなどがあり、その病態は患者ごとに多様です。一方、多くのALS患者に共通して、細胞内でエネルギーを産生するミトコンドリアの機能異常が認められることから、ミトコンドリア機能を改善する治療法の開発が期待されていました。
そこで本研究では、東北大学のグループが開発したミトコンドリア機能を高める低分子化合物「Mitochonic acid 5(MA-5)」のALSに対する効果を検討しました。
今回の取り組み
東北大学大学院医学系研究科および同医工学研究科の豊原敬文教授、阿部高明教授、東北大学大学院医学系研究科の青木正志教授、鈴木直輝准教授、及川善嗣医師(研究当時 東北大学病院、現 ピッコリーチェパパママクリニック)、東北大学大学院生命科学研究科の羅予涵大学院生、京都大学大学院薬学研究科の倉永英里奈教授、国立精神・神経医療研究センターの青木吉嗣部長、村松里衣子部長、慶應義塾大学再生医療リサーチセンターの岡野栄之教授、森本悟特任教授、ヒト生物学微生物叢量子計算研究センターの曽我朋義特任教授らの研究グループは、ALSモデルショウジョウバエ(ヒトSOD1遺伝子のALS関連変異を持つ)にMA-5を食べさせたところ、低下していた運動機能が改善しました(図1)。また、ALSモデルで低下していた細胞内ATP量やミトコンドリア膜電位が回復し、筋組織におけるミトコンドリアの形態異常も改善しました。
さらに、ALS患者由来の皮膚線維芽細胞や患者由来iPS細胞から作製した運動神経細胞を用いて解析した結果、MA-5は細胞内のATP産生を改善するとともに(図2)、神経細胞内におけるミトコンドリア移動速度を高めました。こうした作用は、SOD1遺伝子変異を持つALS患者由来細胞だけでなく、FUS(注8)変異ALSや孤発性ALSの患者由来細胞でも認められ、異なる病型にまたがる細胞モデルで共通して作用する可能性が示されました。
MA-5は、ミトコンドリア内膜の構造維持に関わるmitofilin/MIC60(注9)に作用し、ミトコンドリア内部のひだ状構造であるクリステを安定化することで、効率的なエネルギー産生を支えると考えられています。遺伝子発現解析や代謝解析を組み合わせた結果、MA-5によるミトコンドリア呼吸鎖関連遺伝子の発現変化と、酸化ストレスの発生に関係するグリセロリン酸シャトル(注10)の抑制が示唆されました。
本研究の特徴の一つは、ショウジョウバエ、ALS患者由来の皮膚線維芽細胞や患者由来iPS細胞から作製した運動神経細胞という複数の実験系を用いて、MA-5の作用を一貫して検証した点です。また、遺伝的背景の異なる複数のALS患者由来細胞で同様の作用を確認できたことは、ALSに共通するミトコンドリア機能異常を標的とした研究を進める上で重要な成果です。
さらに、MA-5の治療反応を予測・評価するための候補バイオマーカー(注11)として、C7orf31やC3orf62などの分子も見いだしました。これらは将来的に、MA-5の作用が期待される患者群の検討や、治療反応のモニタリングに役立つ可能性があります。また、その中でもC7orf31はSOD1遺伝子が変異しているALS患者において、孤発性ALSや他の神経疾患の患者よりも血中濃度が高く、SOD1遺伝子変異型のALS診断マーカーになる可能性が示唆されました(図3)。
本成果を得るにあたっては、性質の異なる複数のALSモデルを同一の観点から比較し、動物モデルで認められた作用をALS患者由来細胞でも確認する必要がありました。特に、患者ごとに異なるiPS細胞由来運動神経細胞を安定して作製し、ミトコンドリア機能や細胞内移動を定量的に評価したことが、本研究における重要な技術的ポイントとなりました。
一方、本研究はショウジョウバエおよび培養細胞を中心とした非臨床研究です。哺乳類のALSモデルやALS患者において、MA-5が運動機能の低下や病気の進行を抑制するかどうかは、現時点では明らかではありません。
今後の展開
今回の結果は、すぐに実際のALS治療につながるものではありません。MA-5については、すでにミトコンドリア病に対する第I相臨床試験が実施され、ヒトへの投与に関する初期的な安全性が検討されていますが、まだ実用化には至っていません。今後、ALS治療薬として開発するためには、ALS患者を対象とした臨床試験により、実際に運動機能の低下や病気の進行を抑制できるかを段階的に検証する必要があります。
今後は、さらに多くのALS患者由来細胞や哺乳類のALSモデルを用いて、MA-5の有効性、作用機序、適切な投与量や投与時期などを検証します。また、C7orf31などのバイオマーカー候補についても、患者の血液を用いた検証を行い、治療反応を予測・評価する指標として確立することを目指します。
ALSにはさまざまな原因や病態が存在します。本研究は、多くのALSに共通して認められるミトコンドリア機能異常に着目することで、原因遺伝子の違いを越えて応用できる研究戦略の可能性を示したものです。ただし、一般の患者が使用できる治療法となるには、今後の研究と複数段階の臨床試験が必要です。
# hSOD1 G85R DMSO vs MA-5 100nM: Day 30 p = 0.0068,Day 40 p = 0.011
Control vs hSOD1 G85R: Day 40 p < 0.001.
図1.ヒトSOD1変異型ALSモデルショウジョウバエを用いてMA-5の作用を評価しました。
MA-5はヒトSOD1変異型ALSモデルショウジョウバエの運動機能低下を有意に改善しました。
(2名のALS患者より作製したiPS細胞(SOD-Pt1、SOD-Pt2)を使用)。
図3.血中C7orf31はSOD1遺伝子変異型ALS患者において孤発性ALS患者や
パーキンソン病などの他の神経疾患と比較して高い傾向が認められました。
謝辞
本研究は日本医療研究開発機構 (AMED) 再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム 疾患特異的iPS細胞を用いた病態解明・創薬研究課題「筋萎縮性側索硬化症における病態回避機構の解明と治療に資する層別化技術開発」(JP25bm1423002)、再生・細胞医療・遺伝子治療実現加速化プログラム 再生・細胞医療・遺伝子治療研究開発課題〈基礎応用研究課題〉「革新的RNA編集技術を用いた筋萎縮性側索硬化症の遺伝子治療開発」(JP25bm1123046)、ムーンショット型研究開発事業「ミトコンドリア先制医療」(JP21zf0127001)などの支援を受けて行われました。用語説明
注1.ミトコンドリア:細胞内でATPを産生し、生命活動に必要なエネルギーを供給する細胞小器官です。注2.Mitochonic acid 5(MA-5):細胞のエネルギーをつくるミトコンドリアの働きを改善する目的で開発された化合物です。
注3.SOD1:細胞を有害な活性酸素から守る酵素です。SOD1遺伝子の変異は、一部のALSの発症に関係します。
注4.筋萎縮性側索硬化症(ALS):運動神経細胞が徐々に障害され、筋力低下や呼吸障害などが進行する神経疾患です。
注5.皮膚線維芽細胞:皮膚の構造や弾力を支える細胞です。患者から採取して培養できるため、病気の特徴や薬の効果を調べる研究に用いられます。
注6.iPS細胞:体細胞に特定の因子を導入して作製され、さまざまな種類の細胞へ分化できる多能性幹細胞です。
注7.ATP:細胞がさまざまな活動を行う際に利用する主要なエネルギー分子です。
注8.FUS:RNAやDNAの結合タンパク質を作る遺伝子です。遺伝情報の調節やRNAの代謝など、生命維持に大切な多くの働きを担っています。
注9.mitofilin/MIC60:ミトコンドリア内膜の構造、特にクリステの形成と維持に関わるタンパク質です。
注10.グリセロリン酸シャトル:細胞質とミトコンドリアの間で還元力を受け渡し、エネルギー代謝に関与する仕組みです。
注11.バイオマーカー:病気の状態や治療への反応などを客観的に評価するために測定される生体内の指標です。
論文情報
タイトル:Mitochonic acid-5 alleviates amyotrophic lateral sclerosis phenotypes via mitochondrial augmentation著者:Yoshitsugu Oikawa*, Yuhan Luo*, Naoki Suzuki, Tomoko Kasahara, Yoshiyasu Tongu, Yuki Yoshida, Tsukasa Tominari, Shogo Tanabe, Yoshiko Suto, Hitomi Kashiwagi, Saki Saito, Kensuke Ikeda, Chitose Suzuki, Arata Kuranaga, Tetsuya Akiyama, Satoru Morimoto, Yoshitsugu Aoki, Rieko Muramatsu, Tomoyoshi Soga, Masashi Aoki, Hideyuki Okano, Tetsuhiro Tanaka, Takaaki Abe, Erina Kuranaga**, Takafumi Toyohara**
* 共同筆頭著者
**責任著者:京都大学大学院薬学研究科 教授 倉永英里奈、東北大学大学院医工学研究科/医学系研究科 教授 豊原 敬文
掲載誌:JCI Insight
DOI:10.1172/jci.insight.200761.
>神経研究所
https://www.ncnp.go.jp/neuroscience/index.php
>遺伝子疾患治療研究部
https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r_dna2/
>神経薬理研究部
https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r_dna/




