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合成致死によるアルツハイマー病の新しい発症機序 ~レトロトランスポゾンL1の再活性化が導く神経細胞死の分子メカニズム~

プレスリリース
神経研究所

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2026年8月28日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
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合成致死によるアルツハイマー病の新しい発症機序
~レトロトランスポゾンL1の再活性化が導く神経細胞死の分子メカニズム~


 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所免疫研究部の大木伸司 研究室長(研究当時)、山村隆 特任研究部長(研究当時)、高橋文緒 日本学術振興会特別研究員らの研究グループは、神経変性の過程で生じる神経細胞死の新しい分子メカニズムを明らかにしました。アルツハイマー型認知症(AD)において、神経細胞死がどのように生じ、広がっていくかはいまだ不明です。研究グループは、ADのマウスモデル(5xFADマウス)の成熟神経細胞で、細胞周期のDNA合成期(S期)への部分的移行とレトロトランスポゾンL1の活性化(発現増強)が同時に生じ、DNA複製を強く阻害することで複製ストレスが引き起こされることを見出ししました。この時5xFADマウスの神経細胞では、DNA修復因子であるBrca1の発現が誘導されず、DNA損傷が蓄積することで神経細胞死に至ることがわかりました。
 今回の結果から、特定の条件下で複製ストレスとそれに対する対抗手段としてのBrca1の発現不足という2つのイベントが同時に生じることで、いわゆる“合成致死”が生じ、5xFADマウスでのみ選択的な神経細胞死が起こることが明らかとなりました。本研究を通じて、アルツハイマー病の全く新しい病態理解に成功し、将来的な治療法の開発に有用な手がかりを得ることが期待されます。
 研究成果は、「iScience(アイ・サイエンス)」オンライン版に2026年8月26日(日本時間)に掲載されました。

 
図1 本研究の概要

研究の背景

 神経変性疾患は、アルツハイマー型認知症(AD)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)やパーキンソン病(PD)などさまざまな難病を含みます。症状や臨床経過は疾患ごとに多様ですが、未知の機序による神経細胞死が神経細胞の脱落と脳の萎縮を引き起こすという病態は各疾患で共通しています。とくにADにおけるアミロイド(A)やリン酸化Tau 、ALSにおけるTDP-43、SOD1、PDにおけるタンパク質の異常凝集と神経細胞死の関係が長年議論されていますが、最終的な神経細胞死にいたる分子機序はいまだ不明のままです。研究グループの以前の研究から、複数の神経変性モデルマウスの神経細胞でL1が活性化することの重要性を明らかにしていました。今回、レトロ転移を生じた神経細胞側で、ゲノムストレスを解消する対抗手段の有無が、その後の神経細胞の生死を分ける決定的な要因であることを明らかにしました。

研究の概要

 私たちの体の細胞の多くは、細胞分裂を繰り返すことで増殖して細胞数を維持します。細胞が分裂する時は、染色体DNAを複製するS期(DNA複製期)と、細胞が二つの娘細胞に分裂するM期、およびこれらの間の2つの準備期間があります (図2左)。なかでもS期に形成される複製フォークはDNA複製を進めます。L1転写産物が複製フォークに結合するとDNA合成が阻害され、複製ストレスという異常が生じます(図2右)。高度に分化が進んだ成熟神経細胞などの一部の細胞は、細胞分裂能を失う代わりに細胞機能を維持すると考えられます。興味深いことに、AD患者の成熟神経細胞は、病態の進行にともなってS期に移行する細胞の割合が一過性に増加し、その後一転して減少することが報告されており、その背景に選択的な神経細胞死が予想されます。一方、レトロ転移はゲノムストレスの主要な原因となるため、正常細胞ではL1の活性化が強く抑制されていますが、神経変性モデルマウスの神経細胞では、L1の普遍的な活性化を認めます(Takahashi et al. iScience 2022)。研究グループは、このL1活性化とレトロ転移によるゲノムストレスが神経細胞死を引き起こすという仮説を立て、その検証を進めました。
 
図2細胞周期と複製フォーク

① 5xFADマウスのS期成熟神経細胞で生じるレトロ転移と細胞死の亢進
 これらの先行研究に受けて研究グループはL1-GFPマウスやFUCCIマウスを5xFADマウスとそれぞれ交配させ成熟神経細胞のS期への移行、レトロ転移と細胞死の関連を解析しました。その結果、5xFADマウスの神経細胞の多くがS期に移行しており、それらの細胞ではレトロ転移の頻度およびレトロ転移後の死細胞の割合が、有意に増加していました(図3)。DNA保護因子であるBrca1は複製ストレスの解消に不可欠ですが、レトロ転移を起こした5xFADマウス由来のS期神経細胞では、Brca1を含む複数のDNA修復関連因子の発現低下により複製ストレスを解消できないことが判明しました(図4)、この現象はS期で停止させたSH-SY5Y細胞でも再現され、L1転写産物が結合したR-ループ様構造の形成も確認されました。正常S期神経細胞ではBrca1発現により細胞が生存できる一方で、5xFADマウスにおけるBrca1の発現不全が、細胞死の直接的な原因であることが示されました。
 
図3 細胞周期の分布
 
図4 DNA修復関連遺伝子の発現比較

② 5xFADマウスのS期神経細胞におけるL1活性化の亢進とBrca1発現抑制の合成致死の分子メカニズム
 次に研究グループは、S期神経細胞でBrca1発現とL1活性化を制御する分子機序を解析しました。その結果、5xFADマウスのS期神経細胞では「エストロゲン受容体/プロラクチン」とSirt6の発現が低下しており、これがBrca1発現不全とL1再活性化の原因の一つであることが判明しました。すなわちエストロゲン受容体/プロラクチンシグナルとSirt6の発現低下という2つのイベントが同時に成立したことで、Brca1発現不全とL1活性化が誘発され、選択的な細胞死を生じることが示されました。本研究により、神経細胞死の背景に存在する“合成致死”の分子メカニズムの一端が明らかとなりました。

③ アルツハイマー病態との関係
 最後に研究グループは、神経細胞のS期移行とレトロ転移の亢進という現象が、AD病態とどの様に関連するのかについて解析しました。その結果、アミロイド関連タンパク質を発現した5xFADマウスの神経細胞の大部分がS期に移行しており、それらの細胞ではレトロ転移が高頻度に生じていることが確認されました(図5)。またADの発症初期に低下するアセチルコリンシグナルに関連し、特定のアセチルコリン受容体を持つ神経細胞がS期に移行して選択的に細胞死に至る可能性が示されました。以上の結果から、成熟神経細胞のS期への移行とレトロ転移が、5xFADマウスにおけるAD病態と密接に関連することが明らかとなりました。
 本研究により、5xFADマウスの成熟神経細胞における「S期への移行とL1活性化」に対して、本来誘導されるべきBrca1などのDNA修復関連因子が発現されず、複製ストレスを解消できないことが、選択的な神経細胞死につながる分子機序が明らかとなりました(前出図1)。さらにAD関連の複数のイベントが、レトロ転移神経細胞と密接に関連することが示されことから(表1)、本研究で示した神経細胞死のメカニズムは、多様なAD関連病態を総合的につなぐ新たなハブとして重要な役割を果たすと考えられます。
 
図5 抗APP抗体反応性と細胞周期、レトロ転移の関係
 
表1 本研究で解析あるいは考察を加えているAD関連分子・イベント

今後の展望

 成熟神経細胞のS期移行やL1活性化は、種々の神経変性疾患に共通する普遍的なイベントとして多数の報告があるものの、その意義については不明な点が多く残されていました。したがって、本研究で示された神経細胞死の分子機序が、他の神経変性疾患にも適用可能な普遍的なイベントかどうかを検証することは、極めて重要と考えられます。今後、この2段階の神経細胞死の寄与の程度をそれぞれ検証し、各段階の神経細胞死を効率的に抑制する治療的介入法の探索を進めることで、神経変性疾患の普遍的な根本治療に向けた研究を展開していきたいと考えています。

用語説明

注1)アルツハイマー型認知症(Alzheimer’s disease; AD):脳の萎縮と認知機能の低下を伴う神経変性疾患であり、認知症全体の約2/3におよぶ。海馬を含む側頭葉内側部から連合野に病変部位が広がり、進行に伴って見当識障害、記憶障害、言語障害などの中核症状が出現する。凝集したアミロイドβ(Aβ)からなる老人斑や、リン酸化タウからなる神経原線維変化が典型的な病理像とされる。Aβの凝集を起点とするアミロイドカスケード仮説など複数の病態仮説が提唱されているが、ADの真の病因の特定には至っていない。最近では、複合的な要因が重なって発症にいたると考えられるようになっている。

注2)合成致死:本来独立した2つのイベントが、それぞれ単独で生じた場合にはとくに大きな変化を認めないが、それらがたまたま同時に成立することで初めて、細胞死を含む重大な細胞毒性を引き起こすようなイベント間の相互作用を指す。乳がんなどの分子標的治療の領域では合成致死性アプローチを用いた治療薬の探索が行われており、Brca1変異を持つがん細胞に対するPARP阻害剤の適用が、がん細胞だけが依存している予備ルートをふさいで殺す治療戦略の代表例としては挙げられる。

注3)細胞周期:分裂可能な真核細胞が1回の細胞分裂を経て2つの娘細胞になるプロセスを細胞周期といい、主にG1期→S期→G2期→M期の4つのステップからなる。細胞分裂が始まると、細胞周期外の静止期(G0期)から、G1期(タンパク質合成や細胞容積の増大が進む成長期)、S期(染色体が複製されるDNA合成期)、G2期(DNA損傷をチェックする分裂直前の準備期)、とM期(染色体分配と細胞質分離による細胞分裂期)を経て最終的に細胞周期が一回転する。一般に、成熟神経細胞など最終分化した細胞は、細胞増殖が停止してG0期にとどまると考えられている。

注4)レトロトランスポゾンL1:長鎖散在反復配列-1 (Long interspersed nuclear element-1; LINE-1)とも呼ばれる典型的なジャンクDNAの一種。コピー&ペースト様式のレトロ転移によりゲノムに挿入される非LTR型のレトロエレメントで、ヒトでは50万コピー以上のL1遺伝子由来配列が1ゲノム上に残存しており、その総延長はゲノム全体の17-18%にも及ぶ。L1遺伝子は約6kbのサイズを持ち、RNA結合タンパク質であるORF1と、エンドヌクレアーゼと逆転写酵素の活性を持つORF2の2つのタンパク質をコードする。ヒトでは80-100コピー、マウスでは3000コピーほどがいまだにレトロ転移の活性を保持すると考えられている。ゲノム構造を修飾したり、遺伝子の機能を撹乱することでDNAストレスを引き起こすことが知られており、ゲノム不安定性の増加は細胞死を含めて様々な疾患の原因となる。

注5)レトロ転移:レトロトランスポゾン (Retrotransposon) は可動遺伝因子の一種であり、LTR型の内在性レトロウイルス、非LTR型のLINE、SINEなどを含む。自身のRNAから逆転写酵素によって合成したcDNAをゲノムに挿入することで、コピー&ペースト様式でゲノム内を転移する。レトロ転移はゲノムストレスの原因となるため、L1遺伝子領域はエピジェネティックな制御により発現が抑制されるが、慢性炎症環境下ではL1の再活性化が進み、核酸分子の蓄積による炎症反応や、レトロ転移によるゲノムストレスなど、様々なレベルで細胞機能を攪乱する。直鎖状の二本鎖DNAを標的としたtarget-primed reverse transcription(TPRT)が一般的なレトロ転移の機序とされるが、近年では複製フォークを標的としたL1由来RNAの相互作用とレトロ転移のソン刺しが報告され、注目を集めている。

注6)Brca1(breast cancer susceptibility gene I):Brca1はがん抑制遺伝子の一種で、DNA修復、細胞周期制御、複製ストレス制御など多様な機能を持ち、ゲノムDNA の恒常性維持に中心的な役割を果たす。一部のBrca1遺伝子変異は、乳がん、子宮がん、や卵巣がんの原因として臨床的にも重要である。Brca1の多彩な機能は、Bard1、Palb2、Rad51など複数の結合タンパク質との相互連関により支えられている。Brca1は、転写-複製コンフリクトによる複製ストレスの解消にも重要な役割を果たすことが知られており、発現不全や機能障害はゲノム不安定化の主要な原因となる。

注7)R-loop:2本鎖DNAの一方がRNAと塩基対を形成し、相補鎖 DNA が1本鎖になったDNA:RNAの3量体構造をR-loopといい、転写の過程で一過性に生じるR-loopがその代表例である。転写-複製コンフリクトの過程で生じたR-loopが長時間存続することにより、1本鎖部分がヌクレアーゼで切断されてDNAダメージが蓄積する。S9.6抗体はR-loop構造を特異的に認識する抗体として用いられるが、複製フォークにL1転写産物が相互作用したR-loop様構造も同抗体で検出できることが知られている。Brca1は、一般的なR-loop構造に加え、L1転写産物を含むR-loop様構造の解消に関わることが示されている。

原著論文情報

・タイトル:Coincidence of L1 retrotransposition and DNA repair deficiency elicits synthetic lethality in S-phase mature neurons.
・著者名:Fumio Takahashi, Takashi Yamamura, Shinji Oki
・雑誌:iScience
・DOI: 10.1016/j.isci/2026.117335 

助成金

本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって行われました。
・文部科学省科学研究費補助金
・三菱財団研究助成
・国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費

 
>神経研究所
https://www.ncnp.go.jp/neuroscience/index.php

>免疫研究部
https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r_men/index.html

お問い合わせ

■お問い合わせ先
【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター 
神経研究所 免疫研究部(研究当時) 
室長 大木 伸司 (現在:疾病研究第6部)
TEL: 042-341-2711(代表) FAX: 042-346-1753 
E-mail: soki(a)ncnp.go.jp

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