小脳アストロサイト多様性の起源を解明
― 世界最先端Xenium解析で前駆細胞の時間制御分子機構を明らかに ―
― 世界最先端Xenium解析で前駆細胞の時間制御分子機構を明らかに ―
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所 病態生化学研究部の陶山京香研究生、足立透真研究員、星野幹雄部長らの研究グループは、小脳にあるアストロサイトという細胞の“生まれ方の違い”を決めるしくみを明らかにしました。研究では、アストロサイトのもとになる「バーグマングリア様前駆細胞(BGLP)」が、発達の途中で性質を変え、その時期ごとに異なる種類のアストロサイトを生み出すことを発見しました。さらに、遺伝子導入実験と最先端の5,000遺伝子Xenium空間トランスクリプトーム解析を組み合わせることで、その変化を支える2つの重要な遺伝子も見つけました。この成果は、脳の発達の基本的なしくみを理解するうえで重要であり、将来は神経疾患の原因解明や治療法の開発にも役立つと期待されます。
本研究成果は、2026年6月26日に、国際科学誌 Glia(電子版)に掲載されました。
背景・概要
アストロサイトは、神経細胞への栄養供給や周囲の環境維持を担い、脳の正常な働きを支える重要な細胞です。近年、アストロサイトには複数のサブタイプが存在し、その違いが神経回路の形成や機能維持に深く関わることが明らかになってきました。小脳には主に、バーグマングリア、内顆粒層(IGL)アストロサイト、白質(WM)アストロサイトの3種類が存在しますが、これらがどのような前駆細胞から、どの時期に、どのような仕組みで生み分けられるのかは十分にわかっていませんでした。本研究では、電気穿孔法を用いた系譜解析により、出生直後のBGLPがバーグマングリア、内顆粒層アストロサイト、白質アストロサイトに加え、抑制性神経細胞など多様な細胞型を産生することを示しました。一方、生後6日のBGLPでは産生できる細胞種がバーグマングリアと内顆粒層アストロサイトに限定されることから、BGLPの分化ポテンシャルが発生初期から急速に制限されることが示されました。
さらに、5,000遺伝子規模のXenium空間トランスクリプトーム解析により、発生段階ごとのBGLPの遺伝子発現プロファイルを比較した結果、出生直後のBGLPではFoxm1遺伝子が、生後6日のBGLPではNfia遺伝子が特徴的に発現することを見出しました。加えて、遺伝子導入実験により、これらの遺伝子が各時期のBGLPの分化ポテンシャルおよび細胞産生能を制御することを実証しました。
以上の結果から、BGLPという前駆細胞における時期特異的な遺伝子発現制御が分化ポテンシャルを段階的に変化させ、それによって細胞運命が決定されることで、小脳アストロサイト多様性の形成に寄与する分子基盤が明らかとなりました。
研究内容
1.BGLPは生後10日 (P10)ごろまで存在し、アストロサイト増加期と重なるマウス小脳を出生後各時点で解析したところ、BGLPは生後0日 (P0)からP10にかけて徐々に減少し、P10ではほぼ消失しました。一方で、バーグマングリア、IGLアストロサイト、WMアストロサイトは同時期に急速に増加しており、BGLPが出生後早期のアストロサイト産生を担う前駆細胞であることが示唆されました(図2)。
2.生後0日 (P0)のマウスのBGLPは、生後6日 (P6)のBGLPよりも広い分化ポテンシャルをもつ
本研究においてわれわれは、電気穿孔法を用いて、P0とP6のマウスのBGLPに目印をつけること (標識)に成功しました (図3)。さらに、標識したBGLPがどのような細胞を生み出すかを調べました。その結果、P6のマウスのBGLPは、バーグマングリアとIGLアストロサイトを主として生み出したのに対し、P0のBGLPはこれらに加えてWMアストロサイトや分子層の一部の抑制性神経細胞も生み出しました。すなわち、BGLPは出生直後にはより広い分化ポテンシャルを持ち、その後短期間で産生できる細胞種が制限されることが明らかになりました (図3)。
3.空間トランスクリプトーム解析で、P0とP6のBGLPの分子特性の違いを解明
P0およびP6マウス小脳切片に対し、約5,000遺伝子を対象としたXenium空間トランスクリプトーム解析を実施しました。その結果、各時期のBGLPをクラスターとして同定することに成功し、P0のBGLPではNes、Sox4、Sox11など未分化性や幹細胞性に関連する遺伝子群の発現が高い一方、P6のBGLPではGdf10、Tnc、Gria1、Sept4など、よりバーグマングリアに近い性質を示す遺伝子群の発現が高いことが明らかになりました(図4)。ちなみに、出生後発達期のマウス小脳の空間トランスクリプトーム解析を実施した実験はこれが世界初となります。
(A) 各日齢で同定したBGLPクラスター。
(B) P0のマウスのBGLPで特に発現が高かった遺伝子。
(C) P6のマウスのBGLPで特に発現が高かった遺伝子。
4.Foxm1とNfiaがBGLPの性質の切り替えを担う鍵分子である
Enrichrという上流解析法により、P0およびP6のBGLPの特性に関わる転写制御因子としてFoxm1とNfiaが候補に上がってきました。また、遺伝子導入実験によって、Foxm1の発現を抑える、あるいはNfiaを強く発現させるとことで、P0のBGLPからWMアストロサイトが生じにくくなることが観察されました。このことから、Foxm1とNfiaがBGLPの分化ポテンシャルを時期依存的に制御する中核因子であることが示されました(図5)。
研究の意義・今後の展望
本研究により、BGLPは出生後の発達に伴って性質を段階的に変化させ、その時期ごとの分化ポテンシャルの違いによって、小脳アストロサイトの多様性形成に寄与することが明らかになりました。特に、出生直後のBGLPが従来の想定より広い細胞産生能を持つことを示した点は、小脳発達の理解を大きく前進させる成果です。また、BGLPの性質の変化にFoxm1とNfiaが深く関与することを示したことで、前駆細胞の時間制御機構を分子レベルで説明する道筋が得られました。バーグマングリアやアストロサイトは神経疾患との関連も指摘されており、本研究の知見は、脳発達異常や関連疾患の発症メカニズムの理解、新たな治療戦略の検討にもつながることが期待されます。
用語解説
1) 電気穿孔法(Electroporation):細胞に短時間電気刺激を与え、一時的に細胞膜に小さな孔を開けることで、DNAなどの物質を細胞内に導入する方法。2) 分化ポテンシャル:1つの前駆細胞が、どのような種類の細胞へ分化できるかを示す能力。
3) 空間トランスクリプトーム解析:組織内で、どの遺伝子がどこで働いているかを位置情報とともに解析する技術。本研究ではXeniumを用い、約5,000遺伝子を対象に網羅的な解析を行った。
発表論文
論文名:Molecular characteristics and differentiation control mechanisms of Bergmann glia-like progenitors in the postnatal mouse cerebellum.著者:Suyama K, Adachi T, Mizuno M, Ji K, Isogai E, Hasegawa I, Nishitani K, Sone M, Miyashita S, Owa T, Hoshino M:
雑誌:Glia
DOI: 10.1002/glia.70160
URL: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/glia.70160




