筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群を対象とした医師主導治験について
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(小平市 理事長:中込和幸、以下、NCNP)は、NCNP病院通院中の筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)患者を対象に、B細胞を標的とする医薬品リツキシマブ(遺伝子組換え)(抗CD20モノクローナル抗体、以下、リツキシマブ)の医師主導治験を開始します。リツキシマブは、B細胞が発現するCD20抗原を標的とするマウス-ヒトキメラ型のモノクローナル抗体であり、B細胞を枯渇化させる薬効から、B細胞の関わる悪性腫瘍(悪性リンパ腫)やさまざまな免疫疾患(血管炎、強皮症等)への保険適用があります。
開発の背景
ME/CFSは、ウイルス感染などをきっかけに発症し、高度の消耗や睡眠障害のために”寝たきり状態”になる、あるいは“日常的な社会生活に必要な身体活動が困難になる”難病です。症状に一定の改善が見られることはありますが、負荷のかかる生活や肉体的・精神的ストレスによって急激に悪化するために、社会復帰までには多くの困難を伴います。また一般的な血液検査や画像検査では異常がつかまらないために、医療現場あるいは一般社会での認知度は低く、患者さんやご家族の多くはきわめて厳しい状況に置かれています。NCNP神経研究所免疫研究部では、ME/CFSの診療ネットワーク構築事業(AMED山村班; 2018-2020)、血液診断法の開発研究事業(AMED佐藤班; 2019-2021)を展開し、ME/CFSの病態理解や治療戦略の開発につながる成果を発表してきました1)-4)。特に免疫細胞の一種であるB細胞や自己抗体の研究を精力的に進め、ME/CFS患者の30%以上に自律神経系分子(β2アドレナリン受容体など)に対する自己抗体が検出されることを確認、さらに自律神経受容体に反応する自己抗体の上昇は、脳内の神経ネットワークの異常に関連していることを証明しました2)。
並行してB細胞の抗原受容体の遺伝子を詳細に解析したところ、ME/CFS患者では特定の抗原(ウイルスなど)に暴露され、免疫系に強い刺激が入った状態にあることが推測されました3)。以上から、ME/CFSは神経免疫疾患(神経系と免疫系の両者にまたがる問題を抱えた疾患)であり、神経免疫疾患に対して使う薬の適応拡大の可能性が考えられました。それに呼応するように、欧州の研究者から、ME/CFSが自己免疫疾患であることを支持する論文が次々に発表されました。
B細胞は現在、神経免疫疾患および自己免疫疾患において、重要な研究あるいは治療の標的となっていますが、ノルウェーの研究チームはME/CFS患者にB細胞を除去する抗CD20抗体リツキシマブを投与する臨床試験を実施しました。
悪性リンパ腫とME/CFSを合併した患者に悪性リンパ腫の治療を目的にリツキシマブを投与したところ、ME/CFSも改善したという臨床的観察から、この臨床試験が企画され、第II相試験では29名中18名の患者で有効性が確認されました。また第III相多施設共同プラセボ対照試験では有効性を示すことはできなかったものの、少なくとも一部の患者は治療に反応することが示されました。ME/CFSは多様な患者集団を含んでいることが予想され、リツキシマブはバイオマーカーで規定された特定の患者グループにおいて有効である可能性が示唆されました。
開発の内容
本医師主導治験は、NCNP病院に通院中の30例のME/CFS患者さんに対して、リツキシマブ投与後のME/CFS症状に対する有効性及び安全性を、プラセボを対照とした二重盲検法にて探索的に比較検討します(主要評価期間24週間)。続く副次的評価期間(24週間)では、主要評価期間でリツキシマブを投与した患者(以下、リツキシマブ先行投与群)にはプラセボを投与し、全評価期間(48週間)を通して、リツキシマブの効果の発現時期、持続期間を探索的に検討します。なお、主要評価期間でプラセボを投与した患者(以下、プラセボ先行投与群)では、副次的評価期間(24週間)においてリツキシマブを投与し、同一患者内でのプラセボからリツキシマブ切り替え前後の評価項目の変化を探索的に検討します。リツキシマブ有効群を同定できるようにするために、ノルウェーの臨床試験で使用された評価項目に、症状に対する評価については本邦で規定されるPerformance Statusスコアに基づくME/CFSの重症度分類を、有効性に関係する可能性のある免疫バイオマーカーを加え探索的研究を実施します。また本医師主導治験では、スマートフォンに格納したアプリで日々の症状を記録していただく等の工夫によって、これまで実施された臨床試験よりも、臨床的な改善・悪化を検出しやすくなることが期待されています。
今後の展開
本医師主導治験の成果により、ME/CFSの病態の理解やバイオマーカーの開発が進み、B細胞を標的とする新しい治療法の開発が進むことが期待されます。参考論文
- Kimura, Y., N. Sato, M Ota, Y. Shigemoto, E. Morimoto, M. Enokizono, H. Matsuda, I. Shin, K. Amano, H. Ono, W. Sato, and T. Yamamura: Brain abnormalities in myalgic encephalomyelitis/chronic fatigue syndrome: Evaluation by diffusional kurtosis imaging and neurite orientation dispersions and density imaging. JMRI 49: 818-824, 2019
- Fujii, H., W. Sato, Y. Kimura, H. Matsuda, M. Ota, N. Maikusa, F. Suzuki, K. Amano, I. Shin, T. Yamamura, H. Mori, and N. Sato: Altered structural brain networks related to adrenergic/muscarinic receptor autoantibodies in chronic fatigue syndrome. J Neuroimaging 30: 822-827, 2020
- Sato, W., H. Ono, T. Matsutani, M. Nakamura, I. Shin, K. Amano, R. Suzuki, and T. Yamamura: Skewing of the B cell receptor repertoire in myaligic encephalomyelitis/chronic fatigue syndrome. Brain Behav Immun 95: 245-255, 2021
- Kimura, Y., W. Sato, N. Maikusa, M. Ota, Y. Shigemoto, E. Chiba, E. Arizono, H. Maki, I. Shin, K. Amano, H. Matsuda, T. Yamamura and N. Sato. Free-water corrected diffusion and adrenergic/muscarinic antibodies in myalgic encephalomyelitis/chronic fatiugue syndrome. J Neuroimaging 33: 845-851, 2023
研究支援
基礎研究の成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって行われました。・日本医療研究開発機構(AMED)障害者対策総合研究開発事業
「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群に対する診療・研究ネットワークの構築(研究代表者:山村隆)」
「筋痛性脳脊髄炎/慢性疲労症候群(ME/CFS)の血液診断法の開発(研究代表者:佐藤和貴郎)」
・国立精神・神経医療研究センター・精神・神経疾患研究開発費
また、ME/CFSを対象とした医師主導治験は、リツキシマブの製造販売元である全薬工業株式会社の支援(資金提供(一部を除く)、治験薬の無償供与、安全性情報の共有 等)により実施します。