国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所
地域精神保健・法制度研究部

〒187-8553
東京都小平市小川東町4-1-1
Tel: 042-341-2711(代)

» 概要 » メンタルヘルスリテラシー

メンタルヘルスリテラシーについて

メンタルヘルスリテラシーとは?
メンタルヘルスリテラシー教育の意義
日本の学校でのメンタルヘルスリテラシー教育
学校で利用可能なメンタルヘルス教育教材

メンタルヘルスリテラシーとは?

メンタルヘルスリテラシーという用語が初めて学術論文で用いられたのは1990年代後半のことでした1), 2)。オーストラリアのAnthony Jorm博士が、「精神疾患に関する正しい知識を獲得しておくことで、精神不調の早期発見や病気の治療、あるいは予防に対しての備えができるだろう」という考えを示す際に、関心を高めるためのキーワードとして用いられました。

最近では、カナダのStan Kutcher博士が、ヘルスリテラシーの定義(「健康を高め、維持するのに必要な情報にアクセスし、情報を活用するための、個人の意欲や能力を決定する認知・社会的スキル」)に沿って、その概念を整理しています。Kutcher博士は、メンタルヘルスリテラシーを「精神健康の向上、精神疾患の予防、早期発見・診断、治療の継続や回復のそれぞれの土台として必要な力やスキルである」と述べています3)。日本では、心の健康行動に対する心構えやライフスキルと考えると理解しやすいかもしれません。

Stan Kutcher博士は、メンタルヘルスリテラシーに含まれる要素として、
1. 心の健康を維持するために何をすべきか理解していること
2. 精神疾患の症状とその対処方法を理解していること
3. 精神疾患に対して偏見を持たないこと
4. 精神的な問題で困った時に、いつ、どこで助けを求めるのかを理解していること。その相談先で何を期待できるのか、何が得られるのかを理解していること
を挙げています。

  1. Jorm AF, Korten AE, Jacomb PA, et al: ‘Mental health literacy’: A survey of the public’s ability to recognise mental disorders and their beliefs about the effectiveness of treatment. Med J Aust, 166(4): 182–186, 1997.
  2. Jorm AF: Mental health literacy. Public knowledge and beliefs about mental disorders. Br J Psychiatry, 177:396-401, 2000.
  3. Kutcher S, Wei Y, Coniglio C: Mental Health Literacy: Past, Present, and Future. Can J Psychiatry 61(3): 154-8, 2016.

メンタルヘルスリテラシー教育の意義

メンタルヘルス・精神疾患に関する知識不足は、不調の早期発見や支援の障壁であると考えられています。不調を早期発見し、適切な支援を受けられるようにすることは国内外での共通課題と言われて久しく、この課題解決のため、メンタルヘルスリテラシー向上の取り組みが注目されてきました1)

思春期の若者が一日の多くの時間を過ごす学校をフィールドに、メンタルヘルスリテラシー教育を実施する取り組みが各国で増えています2)。学校でのメンタルヘルスリテラシー教育に関する研究も、ここ数年で増加し、レビュー論文によれば、メンタルヘルスリテラシー教育を受講した生徒は、精神疾患に関する知識が向上し、精神疾患への態度が改善され、援助希求に関する行動意図が高まることが報告されています2)。学校授業でのメンタルヘルスリテラシー教育の実施は、思春期の若者にとって効果的であると考えられています。

メンタルヘルスリテラシー向上を目的にした取り組みが日本の学校教育で始まろうとしています。2022年度より開始される新学習指導要領に「精神疾患の予防と回復」が追加され、これにより、約40年ぶりに精神疾患に関する内容が学校教育で扱われることになりました。

  1. Kelly CM, Jorm AF, Wright A: Improving mental health literacy as a strategy to facilitate early intervention for mental disorders. Med J Aust, 187(7):S26-30, 2007
  2. Wei Y, Hayden JA, Kutcher S, et al: The effectiveness of school mental health literacy programs to address knowledge, attitudes and help seeking among youth. Early Interv Psychiatry 7(2): 109-121, 2013.

日本の学校でのメンタルヘルスリテラシー教育

日本の学校教育でメンタルヘルスリテラシー教育が始まります。小学校は2020年度、中学校は2021年度、高校は2022年度から開始される新学習指導要領では、現代的課題への対応として、心の健康や精神疾患に関する内容の充実が図られました1)。学習指導要領とは、学校教育法に基づいて、各学校で教育課程(カリキュラム)を編成する際の基準です。小学校、中学校、高等学校等ごとに、それぞれの教科等の目標や大まかな教育内容を定めるものです。全国のどの地域で教育を受けても、一定の水準の教育を受けられるようにするという目的があり、日本の教育水準を支えるものと考えられています。

新学習指導要領では、小学5年生の体育(保健領域)の「不安や悩みへの対処」、中学1年生の保健体育(保健分野)の「ストレスへの対処」の内容を新たに保健の「技能」と位置付け、具体的な対処法を学習することが示されています。高等学校保健体育には、「精神疾患の予防と回復」が追加されました。

高校の「精神疾患の予防と回復」で扱う内容は、精神疾患の特徴と精神疾患への対処に分かれています。精神疾患の特徴では、精神疾患が誰もがかかる可能性のある病気であること、思春期に発症しやすいことの他、具体的な疾患名として、うつ病、統合失調症、不安症、摂食障害が挙げられています。精神疾患への対処には、セルフケアに関する内容、早期発見や専門家への相談の必要性、また専門家への援助を妨げる差別や偏見に対する課題も含まれています1)

これまで効果が確認されてきたメンタルヘルスリテラシー教育では、
「精神疾患の症状に関する内容」
「援助希求行動/援助行動を促す内容」
「精神疾患の偏見の是正に関する内容」
の3つが含まれていました2)

「精神疾患の症状に関する内容」では、自身や友達の精神疾患に早くに気がつくために必要な知識として、思春期に起こりやすい精神疾患の特徴的な症状について扱っています。「援助希求行動/援助行動を促す内容」では、他の病気と同様に早期発見や治療が大切であることと、利用可能な相談先、専門家の支援や治療が回復につながることを教えています。「精神疾患の偏見の是正に関する内容」では、社会における精神疾患に対する偏見の存在や、偏見の軽減のための取り組みを紹介しています。

この「精神疾患の症状に関する内容」「援助希求行動/援助行動を促す内容」「精神疾患の偏見の是正に関する内容」は、新学習指導要領解説にも記載されています。学習指導要領解説の内容が網羅された授業を実施することで、児童生徒のメンタルヘルスリテラシーを向上させ、不調の早期発見や適切な支援を受けることへの効果が期待されます。

  1. 文部科学省:「学習指導要領「生きる力」—高等学校学習指導要領解説 保健体育編・体育編」 https://www.mext.go.jp/content/1407073_07_1_2.pdf
  2. Wei Y, Hayden JA, Kutcher S, et al: The effectiveness of school mental health literacy programs to address knowledge, attitudes and help seeking among youth. Early Interv Psychiatry 7(2): 109-121, 2013.  

学校で利用可能なメンタルヘルス教育教材

「こころの健康教育 サニタ」1),2)は、全国の学校で利用可能な教材です。サニタwebで公開されている教育資材は全て無料で提供されています。これらの教育資材は、精神医療の専門家と学校教員で構成されるグループが、精神疾患を経験した若者や高校生に意見を聞きながら開発されたものです。その内容は新学習指導要領の記載に沿っており、アニメ教材5種類(精神保健概論・うつ病・統合失調症・不安症・摂食障害)、当事者インタビュー(うつ病・統合失調症)、学習指導案、学校教員向け解説集が含まれます。

各疾患の症状を説明するアニメでは、各4分のストーリーの中で「早期発見のために知っておくべき症状」が紹介しています。各アニメで、主人公の不調への対処行動は異なりますが、いずれも一人で抱え込まず周囲の人に相談できたことや周囲の人が手を差し伸べてくれたことを回復のきっかけとして描いています。相談先として、精神科クリニック、かかりつけ医、保健所・保健センターを紹介し、専門家への相談、回復過程の中で、友達、家族、学校教職員が身近な支えとして重要な役割を持つことにも触れています。

精神保健概論のアニメでは、心の健康とは何かといった基本的なことを説明しています。「精神疾患は誰もが関わること(自分にも友達や家族にも関わる問題であること)」「適切な対処で回復が可能であること」を扱っています。当事者インタビューでは、思春期に精神疾患を経験した若者が彼らの経験から、思春期の若者やその周囲の大人に知っておいてほしいことが語られています。精神不調の相談を妨げる大きな要因として、社会に流布する精神疾患に対するスティグマ(差別や偏見のこと)がありますが、スティグマの軽減に向けて、誰もができることがあるというメッセージも含まれています。

これらの教育教材は、インターネットを介して入手できます。職場のパソコン、移動中のスマホ、自宅でも視聴可能です。思春期の若者はもちろんその周囲の大人等、より多くの人が、この「こころの健康教室 サニタ」で学ぶことで、精神疾患の予防や早期治療の重要性について認識し、もし罹患した場合でも適切に対処することで回復できるということを理解することを望んでいます。

  1. こころの健康教師 サニタ「各種教育教材」 https://sanita-mentale.jp/material.html
  2. Ojio Y, Mori R, Matsumoto K, et al: Innovative approach to adolescent mental health in Japan: School‐based education about mental health literacy. Early Interv Psychiatry, 15(1): 1– 9, 2021.

[Last update 2021/11/29]