国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所
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スティグマについて

スティグマとは?
スティグマ軽減に向けた学校教育における取り組み
効果的なスティグマ軽減のアプローチ

スティグマとは?

スティグマは、日本語の「差別」や「偏見」などに対応しています。具体的には、「精神疾患など個人の持つ特徴に対して、周囲から否定的な意味づけをされ、不当な扱いことをうけること」です。スティグマの歴史は古く、もともとは古代ギリシアで「身分の低い者」や「犯罪者」などを識別するために体に強制的に付けた「印(しるし)」に由来した言葉です。現代では、精神疾患やHIV、LGBTQ(*)のような社会的に立場の弱い人々に対する差別や偏見などを含むような、広い意味を持つ言葉として用いられています。

スティグマの問題は、多くの場合、社会構造レベル個人レベルに分けて整理されます1-3)。社会構造レベルのスティグマは、精神科医療への国の予算が少ないことや、精神疾患があることを理由に適切な身体疾患の治療が受けられないなど、社会の仕組みとして精神疾患を持った人が排除されることを指します。

個人レベルのスティグマは、知識―態度―行動の問題を含みます3)。知識の問題は、精神疾患は治らない、精神疾患にかかるのは心が弱い人、といった誤った理解を意味します。態度の問題は、精神疾患は怖いという偏見や、一緒に働きたくないといった心理的抵抗感などが、精神疾患をもった人への拒否的な態度に表れることです。行動の問題は、精神疾患を持った人を雇わない・口をきかないなど、その人を差別・排除するような行動です。このようなスティグマは市民のスティグマと言われています。ここでいう市民には、精神疾患を持つ人も持たない人も含まれます。

個人レベルのスティグマには、精神疾患を持つ人が自分自身に対して抱くスティグマも含まれます。これは、解釈の視点によって「知覚したスティグマ」「経験したスティグマ」「予期するスティグマ」「内面化されたスティグマ」に分けることができます。就職活動をする場面を例にとって考えてみましょう。「多くの人は、精神疾患の診断のある人は就労できないと考えている」と感じる時、そのような感覚は「知覚したスティグマ」といわれます。そして実際に就職活動で受けた差別・偏見の体験は「経験したスティグマ」と呼ばれます。知覚したスティグマや経験したスティグマのために、「ハローワークに相談に行っても精神疾患の診断が原因で嫌な思いをするのではないか」と不安になったとしたら、それは「予期するスティグマ」です。さらに、精神疾患に関する誤った情報を自分自身に当てはめて、「自分には就職する価値がない」と思い込んでいたとしたら、それは「内面化されたスティグマ(あるいはセルフスティグマ)」といいます4,5)





*: LGBTQとは、Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)、Gay(ゲイ、男性同性愛者)、Bisexual(バイセクシュアル、両性愛者)、Transgender(トランスジェンダー、性別越境者)、Questioning(クエスチョニング、自分自身のセクシュアリティを決められない、分からない、または決めない人)の頭文字をとった単語で、セクシュアル・マイノリティ(性的少数者)の総称のひとつです。

  1. Corrigan PW and Watson AC: Understanding the impact of stigma on people with mental illness. World Psychiatry. 1(1): 16–20, 2002.
  2. Rüsch N, Angermeyer MC and Corrigan PW: Mental illness stigma: concepts, consequences, and initiatives to reduce stigma. Eur Psychiatry. 20(8): 529–539, 2005.
  3. Thornicroft G, Rose D, Kassam A, et al: Stigma: ignorance, prejudice or discrimination? Br J Psychiatry. 190: 192–193, 2007.
  4. Thornicroft G, Brohan E, Rose D, et al: Global pattern of experienced and anticipated discrimination against people with schizophrenia: a cross-sectional survey. Lancet, 373; 408-415, 2009.
  5. Brohan E, Slade M, Clement S, Thornicroft G. Experiences of mental illness stigma, prejudice and discrimination: a review of measures. BMC Health Serv Res, 10: 80, 2010. 

スティグマ軽減に向けた学校教育における取り組み

スティグマは、精神疾患を持つ個人の生活や健康に大きな影響を与える場合があります。たとえば、他者からのスティグマによって、精神疾患を持つ人は自尊心が低下したり、交友関係が小さくなり、社会参加の機会を失ってしまう場合があります1)。スティグマは、精神疾患の診断を持たない個人にも影響を与える可能性があります。たとえば、ある人が自身の精神的な不調に気がついたとしても、その人自身が精神疾患に対して否定的な考えを持っている場合、専門家に支援を求めたり積極的に治療に取り組んだりすることをためらってしまうかもしれません2)。また、その人の周囲に精神疾患に対して否定的な態度をとる人が多くいるような環境では、相談しづらく、孤立につながる可能性も考えられます。

学校教育では、2022年度から始まる高等学校学習指導要領で、精神疾患に関する内容を扱うことになりました3)公教育の中で、精神疾患の特徴や対処方法だけでなく、精神疾患へのスティグマについて扱う機会ができたことには、非常に重要な意義があります。10代から20代前半は精神疾患にかかりやすい時期です。よって、精神疾患を経験している生徒がクラス内に含まれることは十分にあり得ると考えられます。精神疾患について学ぶことで、自分や友人、家族等が精神的な不調を抱えたとしても、そのことが特別なことではないと理解できたり、適切な対処ができるようになる可能性があります。また、身近な人が精神的な不調を抱えた場合にも、寄り添い話を聴くことができる、孤立を防ぐことにつながるかもしれません4)。さらに、多くの人が精神疾患を学ぶ機会を得ることで、長期的には、社会全体の精神疾患に対するスティグマが小さくなることも期待できるかもしれません。

過去には、精神疾患にかかると回復しないと考えられていた時代がありました。このような認識が精神疾患に対する恐怖やスティグマにつながっていたと考えられています5)。現在は、精神疾患の治療もかなり進歩し、利用できる福祉サービスも増えています。回復までのプロセスは個人差が大きいものの、精神疾患は回復できない疾患ではありません。高校での授業の中で、高校生が精神疾患に関する正しい知識や回復の可能性、スティグマの悪影響を学び、精神疾患に対する認識や自分が取るべき行動について一人一人が考えることは、全ての生徒にとって生活しやすい環境を作ることにつながるかもしれません。

  1. Livingston JD, Boyd JE: Correlates and consequences of internalized stigma for people living with mental illness: a systematic review and meta-analysis. Soc Sci Med, 71(12):2150-2161, 2010.
  2. Clement S, Schauman O, Graham T, et al : What is the impact of mental health-related stigma on help-seeking? A systematic review of quantitative and qualitative studies. Psychol Med. 45(1):11-27, 2015.
  3. 文部科学省:「学習指導要領「生きる力」—高等学校学習指導要領解説 保健体育編・体育編」https://www.mext.go.jp/content/1407073_07_1_2.pdf
  4. Ng SH, Tan NJH, Luo Y, et al: A Systematic Review of Youth and Teen Mental Health First Aid: Improving Adolescent Mental Health. J Adolesc Health. 69(2):199-210, 2021.
  5. Clement S, Jarrett M, Henderson C, et al: Messages to use in population-level campaigns to reduce mental health-related stigma: consensus development study. Epidemiol Psichiatr Soc 19(1): 72–79, 2010. 

効果的なスティグマ軽減のアプローチ

多くの人は、「自分は偏見なんてもっていない」と考えているかもしれません。しかし、実際には、誰でも大なり小なり偏見はもっているものです。自分がもっているかもしれない偏見の存在を意識することが、精神疾患へのスティグマの問題をより自分事として考えるための第一歩と言えます。その上で、精神疾患についてよく知ることがスティグマ軽減に効果的だとされています。

スティグマを減らすことを目的とする知識教育では、
• 精神疾患は回復可能であること
• 社会的包摂(誰もが地域生活を続けるために支援を受ける権利があること)
• 精神疾患の罹患率の高さ(誰もが経験しうること)

を含めることが推奨されています1)

大人では、スティグマを減らすために最も効果的だとされるのは、精神疾患を経験した当事者に会って交流することと言われています。あるいは知識教育と交流会の双方を含むプログラムを体験することもスティグマ軽減に有効だと考えられています2)。実際に当事者と会えなくても、インタビュー映像などを通じて話を聴くことでも、スティグマ軽減の効果が得られる可能性があります2)

精神疾患を経験して回復過程を歩みながら、充実した生活を送っている人の話を聴くことは、精神疾患へのスティグマの問題を考えることにつながるものと期待されています。「精神疾患を経験しても、その人が望む、その人らしい生活ができるようになること」「そのような社会を作るために何ができるか」に焦点を当てて考えることが大切でしょう。世の中にはあまりに自然にスティグマが浸透しており、私たちのなにげない言動が精神疾患を持った人を傷つけることもあります。例えば、「精神疾患の人とは一緒に〇〇したくない」などと言ったり、会話やSNSの中で精神疾患を持つ人に「メンヘラ」「キチガイ」「かまってちゃん」などのレッテルを貼ったりする場面をしばしば目にします。スティグマを減らすためには、精神疾患を含むメンタルヘルスの問題を「ひとごと」ではなく「自分事」としてとらえ、他者が抱えている心のつらさに気づき、共感できる力を養っていくことも大切ではないでしょうか。

スティグマを減らすための有効なアプローチとして、「大人では」、精神疾患を経験した当事者に会って交流することを紹介しました。しかし、10代前半の思春期の子どもでは、単純に当事者からの話を聴くことの効果は大人ほど大きくない可能性が報告されています3)。特に、日本の中学生の年齢に当たる12-13歳では、ランダム化比較試験(RCT)による効果検証でもその効果が小さいことが確認されています4)。その理由の一つとして、社会生活の経験がまだ少ない子ども/若者にとっては、当事者から単純に話を聴くだけでは、当事者の日常生活や困難をイメージしにくく、理解しづらいことがあげられるかもしれません。

一方で、高校生にあたる年代であれば、十分に練られた授業計画の中で、当事者と生徒が一緒に能動的な活動をすることや、十分に検討された内容で構成された動画を見ることが、スティグマの減少に効果的である可能性が示されています5-6)。今後、日本全国の高校で精神疾患に関する授業が行われることを想定した場合、各学校で当事者と生徒が一緒に様々な活動をする機会を提供することは難しいと思われます。他方、当事者が登場する動画やウェブサイトを利用することは現実的な授業の実施方法になると予想され、またスティグマの減少に一定の効果を期待できるかもしれません。

「こころの健康教室サニタ」は、高等学校学習指導要領(保健体育) の「精神疾患の予防と回復」に沿った教材を公開しています。教材には、精神疾患を経験した若者のインタビュー映像の他、アニメ教材 5 種類(精神保健概論・うつ病・統合失調症・ 不安症・摂食障害)が含まれます。これらの教材は、精神保健医療の専門家と学校教員で構成されるワーキンググループによって開発されました。「こころの健康教室サニタ」は、下記リンクから視聴可能です。

「こころの健康教室サニタ」 https://sanita-mentale.jp/material.html

  1. Clement S, Jarrett M, Henderson C, et al: Messages to use in population-level campaigns to reduce mental health-related stigma: consensus development study. Epidemiol Psychiatr Sci. 19(1) : 72–79, 2010.
  2. Yamaguchi S, Ojio Y, Ando S, et al: Long-term effects of filmed social contact or internet-based self-study on mental health-related stigma: a 2-year follow-up of a randomised controlled trial. Soc Psychiatry Psychiatr Epidemiol. 54(1): 33–42, 2019.
  3. Corrigan PW, Morris SB, Michaels PJ, et al: Challenging the public stigma of mental illness: a meta-analysis of outcome studies. Psychiatr Serv, 63(10):963-973, 2012.
  4. Chisholm K, Patterson P, Torgerson C, et al: Impact of contact on adolescents’ mental health literacy and stigma: the SchoolSpace cluster randomised controlled trial. BMJ Open. 6:e009435, 2016.
  5. Gaiha SM, Salisbury TT, Usmani S, et al: Effectiveness of arts interventions to reduce mental-health-related stigma among youth: a systematic review and meta-analysis. BMC Psychiatry 21(1):364-364, 2021.
  6. Goodwin J, Saab MM, Dillon CB, et al: The use of film-based interventions in adolescent mental health education: A systematic review. J Psychiatr Res, 137:158-172, 2021.

[Last update 2021/11/29]