多様な立場からの「患者・市民参画」に対する見解を分析 ― 地域精神保健サービスの研究における「患者・市民参画」の実現に向けて ―

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2022年6月3日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
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多様な立場からの「患者・市民参画」に対する見解を分析
― 地域精神保健サービスの研究における「患者・市民参画」の実現に向けて ―

 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所地域精神保健・法制度研究部 山口創生室長らの研究グループは、地域精神保健サービスの研究における「患者・市民参画(patient and public involvement: PPI)」の可能性や課題を検証した研究結果を発表しました。

 近年、医療・福祉サービスの発展には、当事者や家族と一緒に研究に取り組むことが重要とされています。そのような活動は、PPIと呼ばれ、国際的にも注目されています。一方で、各国の地域精神保健サービス(又は精神保健福祉サービス)研究や日本の臨床研究では、多様な立場からPPIの在り方を問う研究自体が乏しい状況です。そこで、本研究では、当事者、家族、支援者、行政職員、研究者を対象として、地域精神保健サービス研究におけるPPIに対する見解を聞くフォーカスグループインタビューを実施しました。質的分析の結果、①「PPIに対する肯定的な見解・期待」、②「PPIに関する全般的不安」、③「PPIの実施に向けた具体的な課題」、④「PPIの実施に向けたアプローチ」が抽出されました(図1)。この研究成果は、2022年6月3日(金)21時(日本時間)米国科学誌「Health Expectations」オンライン版に掲載されました。

図1 研究における患者・市民参画の期待と課題

図1 研究における患者・市民参画の期待と課題
PPI(patient patient and public involvement: 患者・市民参画)

背景

患者・市民参画のイメージイラスト

 近年、医療・福祉サービスに関する研究では、当事者や家族と一緒に研究計画を作成、分析、発表をする活動の必要性が国際的に高まってきました。そのような活動は、患者・市民参画(PPI)と呼ばれており、「市民に対して・について・のための研究ではなく,市民と一緒にあるいは市民によって行われる研究」と定義されています(INVOLVE, 2012)。過去20年間、PPIに関する研究は世界中で取り組まれてきました。しかし地域精神保健サービス研究という枠組みにおけるPPIに関する研究、特に多様な立場にとって望ましいPPIのあり方を模索する研究は、国際的にも限られています。また、日本では臨床研究におけるPPIに関する研究自体が乏しい状況です。そこで、本研究は、地域精神保健サービス研究におけるPPIの可能性や課題を検証することを目的に、当事者、家族、支援者、行政職員、研究者を対象としたフォーカスグループインタビューを実施し、その内容を質的に分析しました。

研究内容

 本研究のフォーカスグループインタビューは、2020年2月9日に実施されました。インタビューには、当事者6名、家族5名、支援者7名、行政職員5名、研究者14名が参加しました。インタビュー内容はすべて録音され、その逐語録をもとに質的分析が実施されました。なお、本研究自体もテーマ設定やプロトコル作成から分析・論文執筆に至る全ての段階でPPIを取り入れました。インタビューの内容は、4つの領域に整理されました。下記に領域別の結果を整理します。

  1. 「PPIに対する肯定的な見解・期待」:PPIに取り組むことに対する前向きな視点、研究や支援の質・文化の改善、成長する機会となることへの期待についての意見がありました。特に、支援の枠組みよりも、研究の枠組みのほうが協働がしやすいとの提案もありました。
  2. 「PPIに関する全般的不安」:精神科や日本の文脈におけるPPIへの過度な期待への懸念や、研究協働の負担・抵抗感についての意見が出ました。特に、形式的にPPIを装う研究の増加やPPIによる研究でも社会は変えられないことへの不安も報告されました。
  3. 「研究機関のシステムの問題」:大学や学術団体の現行システムの問題(例:当事者の雇用)、協働する当事者・家族の選出に関する問題、関係性構築と意見集約に関するスキルの問題、PPIについての不明瞭な基準の問題に関する意見が出ました。特に、当事者・家族と研究者との対等な関係構築の困難性については全ての属性グループが指摘していました。
  4. 「PPIの実施に向けたアプローチ」:相互理解を促すソフト面の工夫とシステムなどハード面の改革が指摘されていました。相互理解を促進する言葉の選択・雰囲気作りの工夫、実装するための評価システムや倫理審査、ガイドラインの開発についての提案が出されました。

今後の展望

 今日では、医療サービスや福祉サービス、公的機関のサービスなど様々な関係者が協力して地域精神保健サービスの発展に取り組んでいます。本研究は、そこに当事者や家族も加わることで、サービスを利用した経験のある者の視点を取り入れながら、実践課題の明確化や研究の質や文化の改善が図られ、研究知見がより有用なものになる可能性を示しました。一方で、研究知見の政策応用がなければ研究が社会に還元されないこと、また現行の学術システムでは当事者・家族が研究に参加しにくいこと、当事者・家族と研究者とのパートナーシップの困難性など、実際のPPIの実装・普及には課題が多いことも示唆されました。日本におけるPPIの在り方について踏み込んで調査した研究はこれまで多くないことから、本研究の知見は今後のPPIの取り組みに向けた基礎的資料となると考えられます。
 日本でPPIが注目されるようになったのはごく最近です。本研究は、「地域精神保健サービス研究」という場面に限った調査でしたが、本研究の知見の一部は、他の研究領域にも当てはまる点もあると予想されます。本研究の知見や方法論を基に、PPIおよび関連する研究が様々な領域で広がることが期待されます。

研究知見の解釈上の留意点

 本研究は、PPIに対する様々な見解を示しましたが、フォーカスグループインタビューの対象者は決して多くはなく、対象者の代表性の面で限界があることに留意する必要があります。今後、同様の研究が繰り返し行われる中で、本研究で見いだせなかったPPIの利点や限界、課題が提案されることが期待されます。

用語解説

・フォーカスグループインタビュー
特定のテーマについての意見や認識を収集するために、複数の対象者を1つに集め(グループとして集め)、テーマについてグループ内で話し合うインタビュー調査の形式です。通常、ファシリテーターと呼ばれる司会役がグループの話し合いを進行します。

原著論文情報

論文名
Multiple stakeholders’ perspectives on patient and public involvement in community mental health services research: a qualitative analysis
著者
Yamaguchi S, Abe M, Kawaguchi T, Igarashi M, Shiozawa T, Ogawa M, Yasuma N, Sato S,
Miyamoto Y, Fujii C
掲載誌
Heatlh Expectations, 2022
DOI: 10.1111/hex.13529
URL: https://doi.org/10.1111/hex.13529

研究経費

本成果は、以下の研究助成金によって得られました。

  • R1-R3 国立精神・神経医療研究センター 精神・神経疾患研究開発費 「重症精神障害者とその家族の効果的な地域生活支援体制に関する基盤的研究 [1-3]」(研究代表者:藤井千代)

お問い合わせ先

【研究に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所 地域精神保健・法制度研究部
精神保健サービス評価研究室 室長 山口創生(やまぐち そうせい)
TEL:042-346-2039 
FAX: 042-346-2169
E-mail: sosei.yama(a)ncnp.go.jp

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報室広報係
〒187‐8551 東京都小平市小川東町4-1-1 
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