
神経性やせ症患者の「島皮質」における脳機能異常を解明
―食事制限をやめられない背景に味覚処理異常の可能性―
本研究成果は2025年5月31日に、学術誌Scientific Reportsにてオンライン公開されました。
研究の背景
神経性やせ症は代表的な摂食障害であり、太ることへの恐怖やゆがんだボディイメージなどから極端な食事制限を続けて深刻な体重減少に至る精神疾患です。米国の調査では生涯有病率は女性0.9%、男性0.3%と、女性の有病率は、代表的な精神疾患である統合失調症を上回るほど一般的な疾患です。またその標準化死亡率は、5.86と精神疾患の中で最も高い重篤な疾患です参考資料1,2)。神経性やせ症は食事制限による栄養不足が脳の機能変化を引き起こし、それがさらに太ることへの恐怖や身体への不満を増大させ、更なる食事制限を招くという「悪循環」によって維持されていると考えられています。この悪循環の中核を成していると考えられているのが脳の「島皮質」と呼ばれる部位の機能異常です。島皮質は、身体感覚や内臓感覚、嫌悪感や恐怖といった感情、そして味覚や食べ物に対する判断に深く関与しています。
研究チームはこれまでにも脳の活動状態を調べることができるfMRI注1)を用いて、島皮質の安静時の機能的結合性注2)を調査する研究を数多く行い、神経性やせ症では島皮質の異常活動が見られることを繰り返し報告してきました参考資料3)。しかし先行研究はサンプルサイズが小さく、更に解析の際に島皮質を一つのまとまった領域として扱っていたため、詳細な機能変化の解明には限界がありました。近年の研究では島皮質は細かく機能分化しており、身体感覚処理、情動処理、味覚処理など領域ごとに異なる役割を持つことが明らかになっています。本研究では多施設共同研究により十分なサンプルサイズを確保した上で、島皮質を機能別に6つの領域に分け、それぞれの領域と全脳の安静時機能的結合性を解析することで、神経性やせ症において生じている島皮質の機能異常を網羅的に解明することを目指しました。
研究の成果
本研究では、国立精神・神経医療研究センターの監修の元、千葉大学、東北大学、京都大学、産業医科大学、九州大学で2014年~2021年の間に収集された、神経性やせ症患者女性114名(制限型注3)61名、過食排出型注3)53名)と、対照となる健常女性135名の大規模fMRIデータを解析対象としました。島皮質を機能に応じて分割した左右6領域を関心領域注4)とし、6領域と他の脳の全ての領域との間で安静時の機能的結合性を算出し、神経性やせ症群と健常群で比較検討しました。
その結果、神経性やせ症群では健常群に比べ、食物の認知的処理に関わる島皮質前部背側と、情動中枢として知られる扁桃体間の機能的結合性が上昇していました(図1赤色強調部)。一方、舌からの味覚信号を脳の中で最初に受け取る一次味覚野である、島皮質中部後背側と頭頂弁蓋部間の機能的結合性は低下していました(図1水色強調部)。また、これらの結果より統計的な信頼性は低かったものの、島皮質前部背側と小脳片葉間の機能的結合性の低下、島皮質中部後背側と中心弁蓋部間の機能的結合性の低下も認められました。
更に神経性やせ症の制限型(図2上)と過食排出型(図2下)をそれぞれ分けて健常群と比較すると、島皮質中部後背側と頭頂弁蓋部間の機能的結合性の低下は過食排出型でより顕著であるなど(図2下 緑色強調部)、神経性やせ症の中でもタイプによって生じている脳機能に差があることが示唆されました。

(模式図 赤線:機能亢進 青線:機能低下 実線:統計的信頼性が高い)

(赤線:機能上昇、青線:機能低下、黄色:統計的な信頼性が高い)
一方、神経症やせ症患者で生じている島皮質前部背側と扁桃体間の機能的結合性の上昇は味覚嫌悪学習、すなわちある食べ物を食べた後に不快な症状(腹痛など)を経験すると、その食べ物の味に対して嫌悪感を覚えるようになるプロセスが過剰に働いていることを示唆しています。また一次味覚野である島皮質中部後背側と頭頂弁蓋部間の機能的結合性の低下は、神経性やせ症では一次味覚処理の異常が生じており、同じ食物でも以前と味が違って感じられてしまっている可能性があることを示しています。さらに島皮質中部後背側と頭頂弁蓋部間の機能的結合性の低下が、一般的に制限型よりも病歴が長い過食排出型でより顕著だったという結果は、病状の長期化に伴い、異常を引き起こす神経学的な変化も徐々に進行してしまう可能性を示唆しています。
今後の展望
本研究成果は神経性やせ症患者における悪循環を維持してしまう、「痩せているにも関わらず食事制限をやめられない」という行動のメカニズムにおける、味覚処理異常の重要性を強調するものです。今後は臨床現場においても、味覚処理異常が神経性やせ症の病態理解や臨床評価の一助となることが期待されます。
用語説明
注1) fMRI: 核磁気共鳴機能画像法。MRIを用いて、脳の神経活動を血流変化の信号から捉える方法。
注2)機能的結合性:脳の領域間の機能的な結びつきの強さ。fMRIで捉えられる脳の各領域における血中の酸素濃度変動がどの程度同調しているかを元に算出される。
注3)神経性やせ症 制限型/過食排出型:神経性やせ症は、過食や排出行動(自己誘発性嘔吐、下剤・利尿剤・浣腸剤の乱用)を行わない制限型と、過食や排出行動を繰り返す過食排出型の二つに分類される。
注4)関心領域:Region of interest (ROI)。解析の対象として選択した部位のこと。
研究プロジェクト
本研究は日本医療研究開発機構(JP19dm0307104)、日本学術振興会科研費(JP25460884, JP17K09286)、厚生労働省(H29-nanbyo-ippan)からの支援を受けて行われました。
論文情報
タイトル:A multicenter cross-sectional study to elucidate altered resting-state functional connectivity of the insular cortex in anorexia nervosa, segmented by functional localization.
著者:Yusuke Sudo, Rio Kamashita, Tsunehiko Takamura, Sayo Hamatani, Noriko Numata, Koji Matsumot, Yasuhiro Sato, Yumi Hamamoto, Tomotaka Shoji, Tomohiko Muratsubak, Motoaki Sugiura, Shin Fukudo, Michiko Kawabata, Momo Sunada, Tomomi Noda, Keima Tose, Masanori Isobe, Naoki Kodama, Shingo Kakeda, Masatoshi Takahashi, Hiroaki Adach, Shu Takakura, Motoharu Gondo, Kazufumi Yoshihara, Yoshiya Moriguchi, Eiji Shimizu, Atsushi Sekiguchi, Yoshiyuki Hirano
雑誌名:Scientific Reports
DOI:10.1038/s41598-025-03641-0
参考資料
1) Smink FR, van Hoeken D, Hoek HW. Epidemiology of eating disorders: incidence, prevalence and mortality rates. Curr Psychiatry Rep. 2012 Aug;14(4):406-14. doi: 10.1007/s11920-012-0282-y.
2) Arcelus J, Mitchell AJ, Wales J, Nielsen S. Mortality rates in patients with anorexia nervosa and other eating disorders. A meta-analysis of 36 studies. Arch Gen Psychiatry. 2011 Jul;68(7):724-31. doi: 10.1001/archgenpsychiatry.2011.74.
3) 2024年3月19日発表 プレスリリース『神経性やせ症(拒食症)の脳機能異常を網羅的に解明 ー世界初 多施設共同研究によるfMRIデータの大規模解析ー』
参考リンク
精神保健研究所
https://www.ncnp.go.jp/mental-health/index.php
行動医学研究部
https://www.ncnp.go.jp/nimh/behavior/