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統合失調症患者の労働に関わる多層的関連を解析 ― 陽性症状・認知機能低下・日常生活機能の関係を可視化 ―

プレスリリース
精神保健研究所

NCNPロゴ福島大学ロゴ
2026年6月22日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
福島大学
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統合失調症患者の労働に関わる多層的関連を解析
― 陽性症状・認知機能低下・日常生活機能の関係を可視化 ―


 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)精神保健研究所精神疾患病態研究部の橋本亮太部長、福島大学人間発達文化学類の住吉チカ教授らの研究グループは、統合失調症患者における労働に、陽性症状、認知機能低下、日常生活機能が多層的に関連していることを明らかにしました。特に、本研究では統合失調症治療において主要な治療標的となる陽性症状に着目し、陽性症状から認知機能低下や日常生活機能を介して労働へ至る複数の経路を示しました。
 この研究成果は、2026年6月19日に国際学術誌「Schizophrenia Research: Cognition」に掲載されました。

ポイント

• 統合失調症患者の労働には、陽性症状、認知機能低下、日常生活機能が多層的に関連していることを明らかにしました
• 陽性症状から認知機能低下および日常生活機能を介して労働へ至る複数の経路を構造方程式モデリングにより示しました
• 統合失調症患者の就労支援や職業リハビリテーションにおいて、症状改善から日常生活機能の支援へと段階的に介入する重要性が示唆されました

研究の背景

 統合失調症では、陽性症状、陰性症状、認知機能障害など多様な症状が認められ、患者の社会生活や就労機能に大きな影響を及ぼします。特に、就労機能は患者の社会的自立や社会参加に直結する重要な機能転帰であり、リハビリテーションや回復支援における主要な目標の一つとされています。これまで、統合失調症患者の労働には、認知機能障害や社会機能障害、陰性症状などが関連することが報告されてきました。
 一方で、実際の臨床現場では、幻覚や妄想などの陽性症状が強い患者では安定した就労継続が困難であり、まず陽性症状の改善を優先した上で、日常生活機能や社会機能への介入を行うことが重要であると経験的に考えられてきました。しかし、陰性症状との関連と比較して、陽性症状と認知機能低下・日常生活機能・労働がどのような構造で関連しているかについて、十分な検討がなされてきませんでした。
 また、これまでの研究では、就労の有無を二値化して評価する研究が多く、実際に「どの程度働けているか」を定量的に評価した研究は限られていました。さらに、社会機能の中でも、日常生活機能(食事の準備、買い物、洗濯などの日常生活行動)が労働と特に強く関連する可能性が指摘されていましたが、陽性症状との関連を含めた包括的モデルの検討は十分ではありませんでした。

臨床的意義

 統合失調症治療における主要な治療標的である陽性症状から、認知機能低下や日常生活機能を介して労働へ至る複数の経路が示されたことで、「まず陽性症状を軽減し、その後に生活技能や社会機能支援へつなげる」という臨床的アプローチを支持する結果となりました。また、就労の有無ではなく「週間労働時間」を用いて労働を定量的に評価したことで、統合失調症患者の実社会における機能評価をより詳細に捉えることが可能となりました。

研究の内容

1. 統合失調症患者と健常者における労働・陽性症状・認知機能・社会機能の比較
 本研究では、統合失調症患者396名および健常者1,109名を対象に、労働、認知機能、社会機能、および陽性症状との関連について解析を行いました。労働については社会活動評価を用いて、週当たりの平均労働時間を算出することで定量化しました。陽性症状は陽性・陰性症状評価尺度を用いて評価しました。認知機能低下については、ウェクスラー式知能検査で測定した現在の知能指数(IQ)と、病前推定IQとの差を指標として評価しました。社会機能については、社会機能評価尺度を用いて評価し、特に日常生活機能に関連する項目に着目しました。健常群と比較すると、統合失調症患者群では労働時間、認知機能、社会機能が有意に低下していました。特に労働時間、認知機能低下、および日常生活機能では大きな差が認められました。
2. 構造方程式モデリングによる解析
 患者群では、認知機能低下や社会機能の低下が大きいほど労働時間が短く、陽性症状が強いほど労働時間が短いことも確認されました。そこで、構造方程式モデリングを用いて、それぞれの変数から労働時間への影響を検討しました。その結果、陽性症状が日常生活機能を介して労働時間へ影響する経路、陽性症状が認知機能低下を介し、その後日常生活機能を経由し労働時間へ影響する経路などが示されました。さらに、陽性症状、認知機能低下、日常生活機能はいずれも労働時間へ直接的な影響を有していました。これらの結果から、統合失調症患者の労働は単一の要因ではなく、複数の臨床症状領域が相互に関連する多層的な構造によって規定されていることが示唆されました。
 
図1:統合失調症患者における陽性症状・認知機能低下・日常生活機能・労働時間の関連構造
図1:統合失調症患者における陽性症状・認知機能低下・日常生活機能・労働時間の関連構造
矢印は、各要因間の影響の方向性を示す。矢印の太さは影響の強さを表しており、太いほど関連が強いことを意味する。矢印付近の数値は標準化偏回帰係数(β)を示し、値が大きいほど関連が強いことを意味する。正の値は一方の増加に伴い他方も増加する関係を、負の値は一方の増加に伴い他方が減少する関係を示す。アスタリスク(*)は統計学的に有意な関連を示す( *p < 0.05、** p < 0.01)。

今後の展望

 本研究で示された多層的モデルを基盤として、今後は、患者ごとにどの要因が労働へ強く影響しているかを個別に評価し、それぞれに適した治療や支援へつなげることが期待されます(図2)。例えば、労働に対して陽性症状の影響が大きい患者の場合にはガイドラインに基づいた薬物療法による対応が必要となり、日常生活機能の影響が大きい患者の場合にはそれを高めるリハビリテーションを行い、あるいは認知機能低下の影響が大きい患者では認知リハビリテーションをはじめとした認知機能への介入を検討するなど、患者ごとの状態に応じた個別化支援へ発展できる可能性があります。本研究は、そのような包括的な治療戦略の構築に向けた基盤となることが期待されます。
 また、このような個別化支援を実際の臨床現場で実施するためには、陽性症状、認知機能、社会機能などを簡便に評価できることが重要です。そこで我々の研究グループでは、臨床現場で実用可能な簡便な評価手法の普及・開発も進めています。これらを組み合わせることで、研究知見を実際の精神科臨床へ還元することを目指しています。
 
図2:患者ごとに異なる労働への影響
図2:患者ごとに異なる労働への影響

論文情報

論文名:A Multilayered Model of Work Outcome in Patients with Schizophrenia: Examination of the Relationships among Positive Symptoms, Cognition, and Daily Living Skills
掲載誌:Schizophrenia Research: Cognition
著者:伊藤颯姫、松本純弥、住吉チカ、安田由華、藤本美智子、山森英長、髙野晴成、住吉太幹、橋本亮太
DOI:10.1016/j.scog.2026.100444

用語解説

統合失調症:約100人に1人が発症する精神障害。思春期・青年期の発症が多く、幻覚・妄想などの陽性症状、意欲低下・感情鈍麻などの陰性症状、認知機能障害等が認められ、多くは慢性・再発性の経過をたどる。社会的機能の低下を生じ、社会生活や就労に困難を抱える患者も少なくない。
陽性症状:幻覚、妄想、思考の混乱などの精神症状のこと。統合失調症の主要な診断基準の一つである。
認知機能低下:疾患により認知機能(注意・記憶・処理速度・思考能力など)が損なわれること。本研究では、現在のIQと病前推定IQとの差を認知機能低下の指標として評価した。
日常生活機能:食事の準備、買い物、洗濯、身の回りの管理など、日常生活を送るために必要な行動を行う能力のこと。本研究では社会機能評価尺度の「自立実行」項目を用いて評価した。
社会活動評価:仕事や学業、家事などの生産的活動をどの程度行えているかを評価する尺度。最近3か月における週の平均労働時間を聴取し、賃金雇用、家事、学業における生産的活動にどの程度従事しているかを評価し、合計時間を算出する。学術的には、このような社会的・職業的な活動状況を「就労転帰」と呼ぶ。

特記事項

本研究は多施設研究コンソーシアムCOCOROのもと、精神疾患データベース研究で収集したデータを利活用して実施されました。COCOROは、国内55研究機関で構成される多施設共同研究体制であり、認知機能、脳神経画像、神経生理機能などの中間表現型や遺伝情報などの多面的データを統合的に収集・解析することで、精神疾患の病因・病態を解明することにより、精神医療へ還元することを目指しています(https://byoutai.ncnp.go.jp/cocoro)。

 
>精神保健研究所
https://www.ncnp.go.jp/mental-health/index.php

>精神疾患病態研究部
https://byoutai.ncnp.go.jp/

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