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悪いことばかりを思い出してしまう脳の癖を和らげる 新しい記憶介入プログラムがストレスを軽減させることを世界で初めて実証 ―ストレスに関連した精神障害の予防・治療に役立つ可能性―

プレスリリース
精神保健研究所

    
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2025年12月24日
富山大学
北里大学
国立精神・神経医療研究センター
印刷用PDF(1,3MB)
 

悪いことばかりを思い出してしまう脳の癖を和らげる
新しい記憶介入プログラムがストレスを軽減させることを世界で初めて実証
―ストレスに関連した精神障害の予防・治療に役立つ可能性―

ポイント

  • ストレスに関連した精神障害として知られるうつ病※ⅰ)や不安障害※ⅱ)の患者、またこれらの障害の発症リスクをもつ健常者では、物事の良いことよりも悪いことを記憶しやすいという脳の癖・偏り(=「記憶バイアス※ⅲ)」)を持つことが知られている。
  • 記憶バイアスはうつ病や不安障害の発症や悪化と密接にかかわっていることが長年指摘されてきたが、これを和らげる介入プログラムの研究はほとんど進んでいなかった。
  • 本研究は、記憶バイアスを和らげる新しい認知介入プログラムを開発し、ストレス軽減に有効であることを世界で初めて示した。
  • プログラムを実施すると記憶バイアスが和らぎ、ストレスからの回復力が高まるとともに代表的なストレスホルモンであるコルチゾール※ⅳ)の分泌量が低下すること、また感情の制御や他者との良い記憶の想起にかかわる扁桃体と前頭眼窩皮質内側部との間のつながり(脳の機能的結合※ⅴ))が強化されることもわかり、その神経作用メカニズムを世界で初めて明らかにした。

概要

 富山大学(学術研究部医学系の袴田優子教授)、北里大学(医療衛生学部の田ヶ谷浩邦教授ほか)および国立精神・神経医療研究センター(精神保健研究所行動医学研究部の堀弘明部長)等は共同で、ストレスに関連した精神障害への発症リスクおよび記憶バイアスをもつ人に対して、記憶バイアスを和らげる認知介入プログラム(以下CBM-M)を開発し、その効果および神経作用機序についてランダム化比較対照試験を用いて評価しました。結果として、CBM-M群では、偽プログラムを実施した対照群と比べて、プログラムの実施前後で、ストレス脆弱性および日中のコルチゾール分泌量が低下し、また扁桃体と前頭眼窩皮質内側部(以下mOFC)間の機能結合が増強していたこと、また記憶バイアスの減少規模に比例して、ストレス脆弱性の程度とコルチゾール量が低下していたことが見出されました。これまで研究が進んでいなかったCBM-Mについて効果および神経作用機序を世界で初めて明らかにしました。
 本研究成果は、Psychological Medicine (インパクトファクター 5.5、医学(Psychiatry and Mental Health)分野における上位4%のCiteScore) に、2025年12月24日(日本時間12:00)に掲載されました。

研究の背景

 現代社会において、国内外ともにストレスに関連した精神障害を患う方が増えているといわれています。たとえば、ストレスと密接に関連するうつ病は、一般人口の約1/5の人々が生涯に一度は経験するといわれ、再発しやすく、患者さん自身の苦痛はもちろん大きな社会経済的損失を伴う精神障害です。また不安障害は、約1/3の人が生涯に一度は経験するとも報告されており、慢性化しやすい特徴があります。効果的な予防・治療法がこれまで以上に重要視されるようになっています。
 こうしたストレスに関連する精神障害の発症や悪化には、物事の悪い面ばかりに注目し、良い面は度外視してしまうといった情報処理上の偏り(認知バイアス)が密接に関与していることが指摘されています。とりわけ、悪いことばかりを覚えて思い出してしまう記憶の癖(記憶バイアス)は、臨床現場でもしばしば観察される現象であり、うつ病や不安障害の精神病理において重要な役割を果たしますが、これを和らげる心理介入プログラムの研究はほとんど進んでいませんでした。
そこで本研究は、記憶バイアスを和らげるCBM-Mを開発し、その効果および神経作用機序について評価しました。

研究内容・成果 

 本研究は、富山大学、北里大学、国立精神・神経医療研究センター、独立行政法人労働安全衛生総合研究所、金沢大学、京都大学と共同で実施しました。本研究では、うつ病や不安障害の発症リスクをもつ58名の成人を対象とし、並行群間ランダム化比較対照試験に基づき、CBM-Mまたは偽プログラムに29名ずつに無作為に割り当てました(二重盲検法)。介入は1か月間でオンラインにて8セッション(1回あたり10分程度)パソコンを使って実施されました。CBM-Mは、単語再生および完成課題をもとに開発し、CBM-M群はポジティブな単語とネガティブな単語の双方を覚えると同時にポジティブな記憶の想起促進モジュールを行いましたが、偽プログラムにはこのモジュールは含まれませんでした(図1)。プログラムの実施前後で、主要評価項目として不安・抑うつ特性、副次評価項目として不安・抑うつ症状、顕在・潜在記憶バイアス、自伝的記憶※ⅵ)の具体性の程度を測定しました。またプログラムの実施前後で機能的磁気共鳴画像法(fMRI※ⅶ))により内因性機能的結合とELISA法※ⅷ)により基礎コルチゾール分泌量(連続2日間計10時点の唾液採取)が測定されました。

図1:単語再生および完成課題の構造とこれにむ基づくポジティブ記憶促進モジュール(CBM-M)
図1:単語再生および完成課題の構造とこれにむ基づくポジティブ記憶促進モジュール(CBM-M)


 結果として、CBM-M群と偽プログラム群においてともに主要・副次評価項目である抑うつおよび不安特性・症状が概して減少していました。一方、CBM-M 群では偽プログラム群と比べて、不安・抑うつ関連特性の下位尺度である「ストレス脆弱性」(ストレスからの影響の受けやすさの個人差)(図2a.)、自己に関連した顕在記憶バイアス(例:自分が無能だと感じている人は「無能」といったネガティブな言葉を「有能」といったポジティブな言葉に比べて意識的に思い出しやすい傾向)(図2b.)、および日中のコルチゾール分泌量が大きな効果サイズで減少していました(図2c.)。またこの記憶バイアスの減少規模とストレス脆弱性およびコルチゾール分泌量の低下規模は相関関係がみられました(図2d.)。またCBM-M群では偽プログラム群と比較して、介入前後で、右扁桃体とmOFCとの間の機能結合が増加していたことが見出されました(図2e.)。

 

図2:CBM-Mに伴う心理・神経生物学的な変化
図2:CBM-Mに伴う心理・神経生物学的な変化
a.ストレス脆弱性得点; b. 顕在記憶バイアス得点; c. 日中コルチゾール分泌量 (nmol/L);
d. 顕在記憶バイアスの減少規模と相関するストレス関連指標の低下;
e. 扁桃体-前頭眼窩皮質内側部間の機能結合の増強

 

今後の展開

 本研究の特色は、これまで研究があまり進んでいなかったCBM-Mのストレス軽減効果とその神経生物学的作用メカニズムを世界で初めて示したことにあります。CBM-Mは、必ずしも主観的には自覚されない心身に負荷されたストレスを軽減し、ストレスに関連した精神障害の発症を予防する可能性があります。今後はCBM-Mから最も効果が得られやすい個人プロファイルの特定と、さらに詳細な作用メカニズムを明らかにしていくことが重要です。
 ストレスに関連した精神障害の心理治療には認知行動療法(CBT)をはじめとする心理療法の有効性が報告されていますが、CBTを提供できる治療者数は需要と比べて依然として不足しており、患者さんからの利用可能性が限られている状況です。またCBTに反応しにくい患者さんや扱いにくい認知領域も存在しています。今回のCBM-Mにおいて、CBTでは明示的に焦点化されない記憶の覚えかた(符号化)と思い出しかた(想起)という情報処理パターンのゆがみに焦点をあてたことは、精神病理の根本にある認知現象に直接的に働きかける、より効果的な予防・治療法を確立してゆくうえで重要な一歩となります。CBM-Mが幅広い人々からのアクセス可能性を持つことを考慮すると、今後の発展が期待されます。
 本研究は、日本学術振興会・科学研究費補助金(基盤B)、上原記念生命科学財団、東京科学大学難治疾患研究所 共同利用・共同研究システム形成事業―学際領域展開ハブ形成プログラム―「多階層ストレス疾患の克服」研究助成金に基づき実施されました。
本研究に関連して申告すべき利益相反はありません。

論文情報

論文名:The effectiveness and neurobiological actions of memory bias modification: A randomized controlled trial
著 者:Yuko Hakamata, Shinya Mizukami, Shuhei Izawa, Mie Matsui, Yoshiya Moriguchi, Takashi Hanakawa, Hiroaki Hori, Yusuke Inoue, Hirokuni Tagaya
掲載誌:Psychological Medicine
DOI:10.1017/S0033291725102535
URL:https://doi.org/10.1017/S0033291725102535

用語説明

※ⅰ)うつ病:気分の落ち込みや興味の喪失が続き、食欲・睡眠・集中力などにも変化が生じて日常生活に支障をきたす病気。
※ⅱ)不安障害:実際の危険や状況につり合わないほどの強い不安や恐怖を抱き、心身の緊張や回避行動によって日常生活に支障をきたす病気。
※ⅲ)記憶バイアス:ネガティブな情報をそれ以外の情報(ニュートラルないしポジティブなもの)よりも多く覚えて思い出す傾向。記憶バイアスが強い人は、悪かったことは流れるように良く思い出すが、それ以外のこと(全体の文脈)や良かったことはよく覚えていないと訴えることが多い。
※ⅳ)コルチゾール:副腎皮質から分泌されるホルモン。ストレスに反応して分泌量が増加することから、「ストレスホルモン」とも呼ばれる。
※ⅴ)機能的結合:異なる脳領域における活動が時系列的同期性をもち、機能的に協働するつながり。
※ⅵ)自伝的記憶:自分の人生で実際に体験した出来事や経験に関する記憶。特定の時間や場所、感覚知覚詳細を欠いて漠然と想起される傾向(具体性の程度が低い場合)は、うつ病をはじめとするさまざまな精神障害にみられることが報告される。
※ⅶ)fMRI:磁気共鳴画像(MRI)装置を用いて、生体の脳や脊髄を一定時間連続的に撮像し、脳活動(神経活動とシナプス活動等の総和)と相関するMRI信号の変動を身体への侵襲なく計測する技術。
※ⅷ)ELISA法:Enzyme-Linked Immunosorbent Assay(酵素結合免疫吸着法)で、抗原–抗体反応を利用して、血液や体液中の特定のタンパク質や抗体の量を定量・定性する手法。
 

参考リンク

精神保健研究所
https://www.ncnp.go.jp/mental-health/index.php

行動医学研究部
https://www.ncnp.go.jp/nimh/behavior/

お問い合わせ

【研究に関すること】
富山大学学術研究部医学系 教授 袴田優子
TEL:076-434-7566(直通) Email:hakamata(a)med.u-toyama.ac.jp

【広報担当】
国立大学法人富山大学 総務部総務課 広報・基金室
TEL:076-445-6028 Email:kouhou(a)u-toyama.ac.jp

学校法人北里研究所広報室
TEL:03-5791-6422 Email:kohoh(a)kitasato-u.ac.jp

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 総務部総務課広報室
Email:kouhou(a)ncnp.go.jp

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