2026年4月2日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
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音声データから読み解く家族のコミュニケーション
― 霊長類ASDモデルで発見された変化 ―
― 霊長類ASDモデルで発見された変化 ―
子どもの自閉症スペクトラム特性は、家族内のコミュニケーションや日常的な負担感に影響を与えることが知られています。しかし、この影響が子どもの発達のどの時期に現れ、どのように家族のコミュニケーションを変化させるのかについて、客観的なデータに基づく知見はまだ十分とはいえません。
国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所微細構造研究部 一戸紀孝部長、疾病研究第三部 三村喬生室長らの研究グループは、この問題を検証するために、霊長類モデル動物であるコモン・マーモセットを用いた研究を行いました。自閉症特性をもつ仔を育てるマーモセット家族を対象に、日常環境における家族内の音声を長期間にわたり記録・分析しました。その結果、離乳という発達上の重要な節目において、家族内の音声コミュニケーションの様相が変化することが明らかになりました。具体的には、親和的な音声の減少、緊張や不安を示す音声の増加、さらに非定型的な発声パターンの増加が観察されました。さらに、仔育てを主体的に担う父親個体の体重の減少が観察されました。本研究成果は、これまで「個体の特性」に着目してきた自閉症モデル動物研究の枠組みを、ヒトに近い豊かな家族発育環境をもつ霊長類を用いることで拡張し、「家族全体の相互作用」を含めて捉える新たな視点へと発展させるものです。
本研究成果は、2026年3月20日に国際学術誌「iScience」に掲載されました。
研究成果のポイント
・自閉スペクトラム症(ASD)モデル動物を育てる霊長類家族の音声コミュニケーション特性を定量的に評価しました。
・ASDモデル仔を育てる家族では、緊張性音声の増加と親和的音声の減少が観察されました。
・ASDモデル仔を育てる家族では、仔の発育に伴う音声利用の多様化が乏しい傾向が認められました。
・家族内音声パターンの異常は離乳期(生後2~3か月)に出現し、離乳後(生後4~5か月)には定型家
族とASDモデル家族の間に明瞭な差が認められました。
・家族コミュニケーションの変化が現れる時期に一致して、ASD仔の養育を担う父親個体の体重減少が観察さ
れ、家族における養育負担の増加がその一因として示唆されました。
研究の背景
自閉スペクトラム症(ASD ※1)は、言語および社会的コミュニケーションの困難さを特徴とする神経発達障害です。ASDでは、エコラリア(反響言語)と呼ばれる反復的な発話や、独特な言語の使い方など、言語的コミュニケーションに関わる特徴がしばしば認められます。こうした言語特性は、介護者との意思疎通に影響する一因となり、ASDのある子どもを育てる家庭では、他の発達障害と比べても養育に伴う負担感が高いことが報告されています。このような課題は、疾患当事者およびその家族の生活の質(QOL)に関わる重要な問題です。そのため、ASD特性が家族環境に発達のどの段階で、どのように関連するのかを明らかにするとともに、これらを客観的に評価できる定量手法や、効果的な支援・介入法を探ることが重要な研究課題となっています。しかし、これまでのモデル動物研究では、主として疾患モデル個体そのものの特性の可視化に焦点が当てられており、その特性が家族や養育環境にどのように関連するのかについては、十分に検討されてきませんでした。小型霊長類であるコモン・マーモセット(※2)は、両親とその仔からなる家族単位で生活し、母親だけでなく父親も積極的に育児に関与することから、ヒトに近い豊かな家族環境のもとで発育する霊長類として知られています。仔は乳児期には主に親の背中や腹部に掴まって過ごし、生後2~3か月頃に離乳期を迎えた後、徐々に自立した生活様式を獲得していきます。また、仔は発育の過程で10種類以上の音声を使い分ける活発な音声コミュニケーションを学習し、意思疎通を発達させます。そこで本研究では、定型発達の両親のもとでASDリスクをもつ仔が発育する状況を実験的に構築し、仔の発達に沿った縦断的なデータ解析を行うことで、発育に伴うASD特性の変化を捉え、それが家族全体の相互作用とどのように関連するのかを定量的に可視化することを目指しました。
研究の内容
抗てんかん薬バルプロ酸(VPA)を妊娠中の母体に投与することで、自閉スペクトラム症(ASD)リスクの高いマーモセット仔を作出しました(※3)。6家族から生まれた計16匹(ASDリスク群9匹、定型群7匹)を対象に、生後1~5か月齢までの期間、防音室内で親と仔が自由に過ごす状況下において発せられた家族性音声を記録・解析しました。その結果、約55時間の録音データから、主に9種類に分類される28,418回の鳴き声を取得しました。定型仔を育てる家族(UE家族)では、仔の発育に伴って家族性音声の頻度が徐々に減少しましたが、VPA仔を育てる家族(VPA家族)ではこのような変化は認められず、発育に伴う音声利用の変化が乏しいことが明らかになりました。測定期間全体を通じて、VPA家族では緊張や不安を表す音声(phee)が増加し、親和的な場面で多く鳴かれる音声(trill)が減少しており、家族内の雰囲気がより緊張的であることが示唆されました(図1)。
さらに、反響言語にみられるような「同じ発声の繰り返し」が生じているかを検証するために、連続する音声の並び方に注目して解析を行いました。まず、2つ続けて発せられる鳴き声の組み合わせ(2-gram)を調べたところ、VPA家族ではUE家族とは異なる組み合わせが多く観察されました。次に、より長い鳴き声の並びに相当する4連続の音声の組み合わせ(4-gram)を解析しました。その結果、UE家族では、離乳期から離乳後にかけて、鳴き声の並び方のバリエーション(多様性)が増えるのに対し、VPA家族ではこのような変化が乏しいことがわかりました。この差は明瞭で、離乳後における4-gramの種類と頻度のみに基づいてVPA家族とUE家族を明瞭に区別することができました。これらの結果は、家族の音声の並び方を解析することで、ASDに関連する特性を客観的に捉えられる可能性を示しています。
一方、ビデオ解析から、VPA仔は発達初期に親の背中に掴まっている時間が短く、音声以外の社会的コミュニケーションにも変容がみられました。加えて、家族音声異常が顕在化する時期に一致して父親の体重が約1割減少し、この減少は音声解析指標と正の相関を示しました。これらの結果から、VPA仔にみられるASD特性が、離乳という発育上の節目を通じてマーモセット家族の養育ストレスを高めている可能性が示唆されました。
本研究成果の意義
本研究では、疾患モデル個体そのものの特性を詳細に解析する従来のアプローチに代えて、モデル個体を含む家族全体の相互作用や変化に着目した包括的な解析を行うことで、自閉スペクトラム症をめぐる発達特性を、個人の内的特性のみならず、家族環境との関係性の中で理解するための新たな研究の枠組みを提示しています。自閉スペクトラム症に関連する特性を「個人」だけでなく「家族環境との相互作用」として理解するための基盤を提供するものであり、将来的には、臨床や支援の現場において、発達の理解や状況把握を補助する手法への発展的な応用が期待されます。
論文情報
掲載誌:iScienceタイトル:Altered kinship vocal dynamics in marmosets with valproic acid–induced model of autism
著者名:Koki Mimura, Keiko Nakagaki, Hirofumi Morishita, Noritaka Ichinohe
DOI: https://doi.org/10.1016/j.isci.2026.115419
研究支援
本研究は、日本学術振興会 特別研究員奨励費(課題番号:14J10961)、科学研究費助成事業(課題番号:22K07338)、日本医療研究開発機構 脳神経科学統合研究プログラム(課題名:行動シラバスに基づく霊長類の社会性評価プラットフォームの開発、社会距離ダイナミクスの多種多階層制御機構)、脳とこころの研究推進プログラム(革新的技術による脳機能ネットワークの全容解明プロジェクト)(課題名:脳科学研究に最適な実験度動物としてのコモン・マーモセット:繁殖・飼育・供給方法に関する研究)、ならびに国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経・精神疾患に関する院内研究助成(課題番号 2-7、5-8)の支援を受けて実施されました。用語説明
(※1)自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder; ASD): 発達の特性の一つで、対人コミュニケーションや社会的やりとりの難しさ、興味・行動の偏りやこだわりなどが主な特徴です。特性の現れ方や程度には個人差があり、同じ診断名でも困りごとや得意なことは人によって大きく異なるとされています。(※2)コモン・マーモセット(学名Callithrix jacchus): 南米原産の小型の昼行性サル(300g程度)で、両親が協力して子育てをする社会性に優れた霊長類です。また、アイコンタクトや多様な鳴き声を用いてコミュニケーションをするというヒトと類似した社会行動特性を持ちます。また脳の形態・機能がヒトと似ていて発達した大脳皮質を持ちます。
(※3)妊娠期バルプロ酸(VPA)曝露モデル:妊娠中の母体に、てんかんの治療薬であるバルプロ酸(VPA)を投与し、生まれた子どもに見られる行動特性や脳の特徴を調べることで、ASDに関連すると考えられる変化を研究するための動物モデルです。VPAを妊娠期に服用することによって胎児の発達に影響しうることが以前より知られており、このモデル動物では社会的な行動の変化や感覚・情動調節の違いなどが報告されています。
>神経研究所
https://www.ncnp.go.jp/neuroscience/index.php
>微細構造研究部
https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r_mic/
>疾病研究第三部
https://www.ncnp.go.jp/nin/guide/r3/




