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複雑性PTSDに対する心理療法(STAIR Narrative Therapy)の成果 <第2報> 〜認知機能の改善への期待〜

プレスリリース
精神保健研究所


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2025年7月23日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)
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複雑性PTSDに対する心理療法(STAIR Narrative Therapy)の成果 <第2報>
〜認知機能の改善への期待〜
 
 国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター(NCNP) 精神保健研究所 金吉晴名誉所長、行動医学研究部 丹羽まどか研究員、堀弘明部長、若松町こころとひふのクリニック 加茂登志子PCIT研修センター長、かとうメンタルクリニック 加藤知子副院長、兵庫県こころのケアセンター 須賀楓介特別研究員、黒崎中央医院 大友理恵子心理士、金沢大学国際基幹教育院(臨床認知科学研究室) 松井三枝教授らの研究グループは、複雑性心的外傷後ストレス症(複雑性PTSD)に対するSTAIR Narrative Therapy1)の治療効果を検討する試験を実施し、患者の症状に加えて、認知機能が改善したことを報告しました。
 私たちは、ICD-11の複雑性PTSD診断を満たす患者さんを対象としたSTAIR Narrative Therapyの治療効果を検討する試験を実施し、その第1報として、この治療が日本の臨床現場においても安全に実施可能であり、複雑性PTSDに対して効果が期待できることを確認しました(参考文献.第1報リリース)。今回の報告は、この試験の第2報であり、治療によって複雑性PTSDの症状だけでなく、認知機能(特に即時記憶)の改善が期待できることを明らかにしました。
 この研究成果は、2025年7月14日に国際精神医学誌「European Journal of Psychotraumatology」オンライン版に掲載されました。

ポイント

・複雑性PTSDに対する心理療法(STAIR Narrative Therapy)により、複雑性PTSD症状だけでなく、認知機能にも改善がみられました。
・特に即時記憶(聞いたことをその場ですぐに覚えておく力)が治療終了3か月後に大きく改善しました。
・認知機能は社会機能と密接に関連することを考慮すると、STAIR Narrative Therapyは複雑性PTSDの機能的予後も改善させるという可能性が示唆されます。

研究の背景

 複雑性PTSDは、2018年に公表された国際疾病分類の第11回改訂版(ICD-11)で、新たに採用された診断項目で、複雑性PTSDに対してどのような治療が有効であるかを明らかにすることは国際的にも喫緊の課題となっています。
 複雑性PTSDは、持続的な虐待やドメスティック・バイオレンスなどのトラウマ体験をきっかけとして発症し、PTSDの主要症状(フラッシュバックや悪夢、過剰な警戒心など)に加えて、感情の調整や対人関係に困難がある等の症状を伴います。こうした症状により日常生活や社会生活上に大きな支障をきたす精神疾患です。通常のPTSDに比べて、日常生活や社会生活の支障がより大きく、併存疾患も多いことが分かっています。
 一方、PTSDでは認知機能、特に即時記憶(聞いたことをその場ですぐに覚えておく力)や注意力(必要なことに目や耳を向けて集中する力)の障害がしばしば生じ、複雑性PTSDではそういった認知機能の問題がさらに大きいとの報告があります。通常のPTSDでは、トラウマに焦点を当てた心理療法によって、この認知機能の問題(特に記憶力)も改善されるとの報告がありますが、複雑性PTSDにおいても心理療法によって認知機能の問題が改善されるかどうかは分かっていませんでした。

研究の方法

 本研究では、18歳以前に身体的/性的虐待を経験し、ICD-11の基準で複雑性PTSDと診断された成人女性患者さんを対象としました。第1報では試験に登録された最初の10名を対象に、STAIR Narrative Therapyの日本での実施可能性、安全性、治療成果を報告しましたが、このうち2名は認知機能検査を受けていなかったため除外し、本研究では後に登録された5名を加えた13名の方を対象としました。複雑性PTSDの診断と重症度評価には、国際トラウマ面接(ITI)2)を用いました。
 STAIR Narrative Therapyの治療前後で認知機能に改善が見られるかどうか調べるために、治療前、治療後(治療終了時点)、および治療終了3か月後に、標準化された神経心理学的検査バッテリーであるRBANS(Repeatable Battery for the Assessment of Neuropsychological Status)を実施しました。RBANSは、繰り返し測定による学習効果が生じにくい検査として開発されたもので、12個の下位検査から構成され、5つの認知領域(即時記憶、視空間/構成能力、注意力、言語能力、遅延記憶)を測定することができます。

研究の結果

 治療を完了した9名のうち、7名は治療後に複雑性PTSDの診断基準を満たさなくなっていました。治療終了3か月後評価を受けた8名が診断基準を満たさなくなっていました。また複雑性PTSDの重症度得点は、治療前と比べて治療後および治療終了3か月後に有意な(=統計的に意味のある)改善が認められ、その効果量も大きなものでした(治療後g = 1.68、3か月後g = 2.28)。(注:通常、効果量を表すHedges’gが0.8以上であると大きな効果量と解釈されています。)
 RBANSの指標得点のうち、総指標および即時記憶は、治療前と比較して治療終了3か月後に有意な改善が認められ、特に即時記憶については効果量も大きなものでした(総指標g = 0.77、即時記憶g = 2.02)。本研究では、単語のリストや短い物語を聞いた後に覚えている内容を答えるという課題によって即時記憶を評価していますが、治療前に最も低かった即時記憶が、治療終了3か月後には健康な方の平均(図1の100の目盛り)まで回復していました。なお、他の認知領域の得点については、有意な改善は認められませんでした。

 

図1: 治療前後および治療終了3か月後のRBANSの指標得点
 (* p <.05, *** p < .001)

研究の意義・今後の展望

 この臨床試験に参加された方は、長期にわたる持続的な虐待を経験しており、13名中9名は1つ以上の併存精神疾患、9名は重度のうつ症状、9名は自殺企図歴のある患者さんでしたが、STAIR Narrative Therapyの治療終了3か月後には、複雑性PTSDの症状だけでなく、認知機能(即時記憶)の改善が認められました。本研究は少人数での結果であり、対照群を置かないデザインであるという限界がありますが、複雑性PTSDに対する心理療法によって、認知機能の改善も期待できることを明らかにした点で意義があるものと考えられます。今後はSTAIR Narrative Therapyの有効性をより厳格な方法で検証するために、ランダム化比較試験を予定しています。
 本研究にご参加くださった患者さまにこの場を借りて、深く御礼申し上げます。          

用語説明

1) STAIR Narrative Therapy:米国のMarylene Cloitre博士らが児童期虐待の成人サバイバーの治療のために開発した心理療法。現在の感情調整や対人関係の困難さに対処するスキルトレーニング(Skills Training in Affective and Interpersonal Regulation; STAIR)とトラウマに焦点を当てた治療(Narrative Therapy)を組み合わせた治療法で、複数のランダム化比較試験によって安全性と有効性が報告されている。従来のPTSDに対する国際的な治療ガイドラインでは、トラウマに焦点を当てた心理療法が推奨されているが、複雑性PTSD特有の感情調整や対人関係の困難さに取り組むための治療要素を先に実施するのが特徴である。

2) 国際トラウマ面接(International Trauma Interview; Roberts et al., 2019):ICD-11のPTSDおよび複雑性PTSDの診断評価のために新たに開発された構造化面接。オリジナルの英語版を日本語に翻訳し、厳格な手続きを経て日本語版が承認された。

参考文献

Niwa, M., Kato, T., Narita-Ohtaki, R., Otomo, R., Suga, Y., Sugawara, M., Narita Z, Hori H, Kamo, T., Kim, Y. (2022). Skills Training in Affective and Interpersonal Regulation Narrative Therapy for women with ICD-11 complex PTSD related to childhood abuse in Japan: a pilot study. European Journal of Psychotraumatology, 13(1), 2080933.
https://doi.org/10.1080/20008198.2022.2080933  

第1報リリース

2022年6月8日付 「複雑性PTSD治療前進へ ~心理療法(STAIR Narrative Therapy)の成果~」 
https://www.ncnp.go.jp/topics/2022/20220608p.html

原論文情報

論文名: Neurocognitive functioning over the course of STAIR Narrative Therapy for ICD-11 complex PTSD
著者: Niwa M, Kato T, Suga Y, Otomo R, Sugawara M, Matsui M, Kamo T, Hori H, Kim Y.
掲載誌: European Journal of Psychotraumatology.
DOI: 10.1080/20008066.2025.2523079 
URL: https://doi.org/10.1080/20008066.2025.2523079
Citation: Niwa, M., Kato, T., Suga, Y., Otomo, R., Sugawara, M., Matsui, M., Kamo, T., Hori, H., Kim, Y. (2025). Neurocognitive functioning   over the course of STAIR Narrative Therapy for ICD-11 complex PTSD. European Journal of Psychotraumatology, 16(1), 2523079. 

助成金

本研究成果は以下の補助金を受けて得られました。
・日本学術振興会 科学研究費助成事業 挑戦的萌芽研究(16K13502)、特別研究員奨励費(19J40197)、若手研究(22J13846)
・国立精神・神経医療研究センター 精神・神経疾患研究開発費
 


参考リンク

精神保健研究所
https://www.ncnp.go.jp/mental-health/index.php

行動医学研究部
https://www.ncnp.go.jp/nimh/behavior/

お問い合わせ

【研究に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
精神保健研究所 行動医学研究部 
丹羽 まどか(にわ まどか)
〒187-8553 東京都小平市小川東町4-1-1
E-mail: cptsd.scale(a)ncnp.go.jp

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報室
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