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内受容感覚訓練が脳回路変化を誘導することを発見 ~心身症の新規治療法開発への期待~

プレスリリース
精神保健研究所

 
NCNP 慶応義塾大学のロゴマーク

2024年5月28日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
慶應義塾大学
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内受容感覚訓練が脳回路変化を誘導することを発見
~心身症の新規治療法開発への期待~


 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)行動医学研究部の関口敦室長および慶應義塾大学文学部心理学専攻の寺澤悠理准教授らの研究グループは、内受容感覚訓練(Interoceptive training)が前部島皮質(AIC)の脳回路変化を誘導することを明らかにしました。今回の発見は、内受容感覚訓練が不安や身体症状を改善するメカニズムを解明する一助となり、心身症をはじめとしたストレス関連疾患の身体症状の治療法開発への新たな可能性を示唆しています。本研究成果は、日本時間2024年5月23日に、英国のオンライン精神医学雑誌「Translational psychiatry」誌に掲載されました。

研究の背景

 内受容感覚*とは、心拍や呼吸、消化管の動きなど体内の様々な部位からの情報の知覚のことです。最近では、認知訓練によってこの内受容感覚精度が向上することが示されています。前部島皮質*(AIC)は内受容感覚を処理する脳部位として知られており、ストレス関連疾患における不安や身体症状とも関連する脳部位です。内受容感覚訓練*のAIC関連脳回路に与える影響についての研究は、内受容感覚訓練のメカニズムの理解およびストレス関連疾患の不安、身体症状の治療法開発への発展が期待できます。

 これまでの研究では、内受容感覚の機能異常は多様なストレス関連疾患(不安症、身体症状症、過敏性腸症候群、摂食症、PTSDなど)に認められています。我々の研究チームでは、内受容感覚訓練による内受容感覚精度の向上が、不安や身体症状の改善と合理的な意思決定に寄与することを発見していました。しかし、内受容感覚訓練の効果の神経基盤は未解明でした。
 この背景を踏まえ、本研究では内受容感覚訓練の前後でfMRIを用いて安静時機能的結合性*(RSFC)を測定し、内受容感覚訓練が脳の脳回路に与える影響を検討しました。

研究の概要

本研究の目的は、内受容感覚訓練がAICの脳回路に与える影響を明らかにし、不安や身体症状の改善に寄与するメカニズムを解明することです。22名の健康な成人ボランティア(19.9 ± 2.0歳、女性15名)が参加し、1週間にわたり内受容感覚訓練を受け、その前後で心理的および行動的評価を実施しました。また、fMRIを用いてRSFCを測定し、内受容感覚訓練の効果を検討しました。

内受容感覚訓練の結果、被験者の内受容感覚精度が向上し、不安レベルおよび身体症状が改善されました(下表参照)。
 
心理スコア   訓練前  訓練後  
内受容感覚の正確性 0.63±0.17 0.79±0.14  p < 0.01**
身体症状 5.8±4.2 4.4±3.3  p < 0.05*
特性不安 28.6±11.1 27.3±10.2 p < 0.05*
状態不安 20.1±8.9 19.1±10.1 p = 0.13
社交不安 37.8±22.9 33.7±23.0 p < 0.05*
神経症傾向 28.8±10.7 26.4±11.0 p < 0.005***
* p < 0.05, ** p < 0.01, *** p < 0.005, one-tailed paired t-test

 更に、AICから左背外側前頭前野(DLPFC)、右上縁回(SMG)、左前部帯状皮質(ACC)、脳幹(孤束核*:NTSを含む)へのRSFCが増強されました。一方で、AICから視覚野へのRSFCは減少しました(下図参照)。


更に、AICから左背外側前頭前野(DLPFC)、右上縁回(SMG)、左前部帯状皮質(ACC)、脳幹(孤束核*:NTSを含む)へのRSFCが増強されました。一方で、AICから視覚野へのRSFCは減少していることを表す脳画像とグラフ
 左AICからa)左DLPFC、b)右SMG、c)左DLPFC、d)左ACCへのRSFCの増強
右AICからe)脳幹(NTS)へのRSFCの増強
右AICからf)視覚野へのRSFCの減少


 これらの結果は、内受容感覚訓練がAICを中心とする脳回路を変化させることで、不安や身体症状の改善に寄与することを示唆しています。特に、AICからDLPFCおよびSMGへの結合性の増強は、感情の認知的制御に関与する「トップダウン」プロセスの強化を反映していると考えられます。また、AICからACCおよびNTSへの結合性の増強は、内受容感覚の「ボトムアップ」プロセスの強化を示唆しています。さらに、視覚野への結合性の減少は、外部感覚(視覚)から内受容感覚への注意のシフトを反映していると考えられます。

今後の展望

今回の研究成果は、内受容感覚訓練が不安や身体症状の改善に有効であることを示しています。今後は、ストレス関連疾患の患者を対象に、内受容感覚訓練の効果を検証し、より具体的な治療法の開発を進めることが期待されます。また、今回の研究で得られた知見を基に、心理療法や認知リハビリテーションの新しいアプローチを提案することも期待されます。

*用語の説明

内受容感覚: 体内の様々な部位からの信号に対する知覚。心拍や呼吸、消化管の動きなどの生理的状態への知覚を指します。
前部島皮質(AIC): 脳の側頭葉の内側の脳部位で、内受容感覚の情報を統合し、感情や意識に関連する役割を果たすとされる領域です。
内受容感覚訓練:参加者には、脈波系で計測する自らの心拍リズムと一致または一致していない2通りの音刺激を聞いてもらい、一致/不一致の判断をしてもらいます。判断直後に正解/不正解のフィードバックを行うことで、自らの心拍リズムを感じ取る(内受容感覚)を訓練することができます。
安静時機能的結合(RSFC): 安静時に複数の脳領域間で見られる脳活動同期の強さ。脳の機能的ネットワークを評価するために用いらます。
孤束核(NTS): 脳幹の神経核で、自律神経系の中枢として機能し、体内からの感覚情報(内受容感覚)を中継します。

原著論文情報

・論文名:Interoceptive training impacts the neural circuit of the anterior insula cortex.
・著者:Ayako Sugawara, Ruri Katsunuma, Yuri Terasawa, Atsushi Sekiguchi
・掲載誌: Translational psychiatry
・doi: 10.1038/s41398-024-02933-9
https://www.nature.com/articles/s41398-024-02933-9

 

研究経費

 本研究結果は、日本学術振興会・科学研究費補助金(基盤C:18K07459、基盤A:19H01047)、日本学術振興会・科学研究費補助金 新学術領域研究「意志動力学」研究領域(17H06064)、日本医療研究開発機構(AMED:19dm0307104)、厚生労働省 難治性疾患克服研究事業(H29-難病-一般)、および武田科学振興財団の助成を受けて行われました。

関連リンク

精神保健研究所
https://www.ncnp.go.jp/mental-health/index.php

行動医学研究部
https://www.ncnp.go.jp/nimh/behavior/

お問い合わせ

【研究に関するお問い合わせ】
国立精神・神経医療研究センター 
精神保健研究所 行動医学研究部 心身症研究室
関口敦
〒187-8502 東京都小平市小川東町4-1-1
TEL:042-341-2711(代表)
Email: asekiguchi(a)ncnp.go.jp

慶應義塾大学文学部心理学専攻 准教授
寺澤 悠理
〒223-8521 神奈川県横浜市港北区日吉4-1-1
慶應義塾大学文学部心理学専攻 准教授
Email: yu-ri(a)keio.jp

【報道に関するお問い合わせ】
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報室
〒187-8551 東京都小平市小川東町4-1-1 
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学校法人 慶應義塾 広報室
〒108-8345 東京都港区三田2-15-45
TEL: 03-5427-1541 FAX: 03-5441-7640
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