異常な腸内フローラが病態を悪化
近年、腸内細菌と健康との関係が広く注目され、「腸内フローラ」という言葉も一般に浸透してきました。当研究部では、自己免疫疾患である多発性硬化症(MS)において、腸内環境が病気の進行に深く関与していることを明らかにしてきました。MSには、再発と回復を繰り返す「再発・寛解型(RRMS)」と、次第に悪化していく「二次進行型(SPMS)」の2つの病型があります。私たちはSPMS患者の腸内細菌を網羅的に解析し、酸化ストレスの上昇と細菌DNA修復の活性化を確認しました。これは、腸内環境の異常がMSの進行に関わっている可能性を示しています(リファレンス1)。さらに、腸内のティザレラ菌という細菌の中でも、“B株”と呼ばれる特殊な株が、SPMS患者に特異的に多く存在していることを突き止めました。このB株は、ゲノム上を移動できる可動遺伝因子を介して多数の病原性遺伝子を獲得しており、通常の株とは性質が大きく異なる「異型細菌株」であることが分かりました。無菌マウスを用いた実験では、このB株が腸内に定着することで神経炎症が悪化し、菌が持つ特殊な鞭毛構造が腸の免疫細胞を刺激して、炎症性のTh17細胞を誘導することが明らかになりました(リファレンス2)。
装置内では細菌が全く存在しない環境や、特定の細菌だけが存在する環境での実験を行うことができる
腸内細菌の“株”に着目した新たな医療の可能性
今回の研究は、腸内細菌を「種」ではなく「株」レベルで詳細に調べることの重要性を強調しています。「株」とは「種」よりも細かい分類単位です。同じ種に分類され、系統的に非常に近い細菌であっても、株の違いによって病原性や免疫への影響が大きく異なることが明らかになりました。このような機能的に異常な株は、MSだけでなく、アルツハイマー病、うつ病、自閉スペクトラム症など、各疾患に特有の異型細菌株が関与している可能性があり、今後の研究で次々と明らかになっていくでしょう。従来は「病原菌=外から感染するもの」と捉えられてきましたが、現在では「体内に存在する常在菌が、ある条件下で病気の引き金となる」ことが理解されつつあります。今回見つかったティザレラ菌B株は、まさにその典型的な例といえます。将来的には、こうした異型腸内細菌株を標的とした“精密マイクロバイオーム医療”が、MSをはじめとする難治性神経疾患に対する新たな治療法として期待されています。
私たちは今後も、脳と腸のつながりに注目しながら、患者さんに新しい治療の選択肢を届けられるよう、研究を進めていきます。
ティザレラ菌B株を定着させたマウスでは、脳・脊髄および大腸において炎症を誘導する
Th17細胞が増加し、神経障害が悪化した(リファレンス2)。
リファレンス
1.Takewaki, D., Suda W., Sato W., Takayasu L., Kumar N., Kimura K., Kaga N., Mizuno T., Miyake S., Hattori M., Yamamura T. Alterations of the gut ecological and functional microenvironment in different stages of multiple sclerosis. Proc Natl Acad Sci U S A 117, 22402-22412, doi:10.1073/pnas.2011703117 (2020).2.Takewaki, D., Kiguchi Y., Masuoka H., Manu MS., Raveney BJE., Narushima S., Kurokawa R., Ogata Y., Hattori M., Kimura Y., Sato N., Ozawa Y., Yagishita S., Araki T., Miyake S., Sato W., Suda W., Yamamura T. Tyzzerella nexilis strains enriched in mobile genetic elements are involved in progressive multiple sclerosis. Cell Rep 43, 114785, doi:10.1016/j.celrep.2024.114785 (2024).
研究部紹介
免疫研究部
▼NCNP内連携組織リンク
神経研究所
記事初出
「Annual Report 2024-2025」(2026年1月発行)
広報誌>Annual Report2024-2025
※職員の所属情報は2025年10月現在のものです。




