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筋ジストロフィー治療の知見から自閉スペクトラム症の治療法を探る

神経研究所
遺伝子疾患治療研究部

遺伝子疾患治療研究部は、遺伝性の神経・筋難病を対象に、病態解明に基づく遺伝子・幹細胞治療法の開発に取り組んでいます。当研究部での成果を踏まえ、国内製薬企業と共同で、国産初の筋ジストロフィー治療剤(ビルトラルセン)の開発に成功しました。

DMDと併発する自閉スペクトラム症

 デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)は、ジストロフィン遺伝子の変異が原因で起こる難病です。正常なジストロフィン遺伝子からは、Dp427とよばれる長いジストロフィンタンパク質と、Dp140とよばれる短いジストロフィンタンパク質が作り出されます。
 筋細胞膜からDp427が欠失すると、その結果、筋萎縮と筋力低下というDMDの症状があらわれます。
 また、最近のゲノムDNA 全域を対象とした遺伝子解析研究により、ジストロフィン遺伝子は生体恐怖やストレス応答・情動に関係する、恐怖応答遺伝子であることが分かりました。実際に、DMD患者さんの約3割で、自閉スペクトラム症や不安症等を合併します。私たちはマウス実験により、感情の中枢とされる脳の扁桃体と呼ばれる部位でDp140が欠損すると、扁桃体の脳神経細胞の興奮/抑制バランスが取れなくなり、他のマウスとの社会的距離感がうまくとれなくなることを見出しました。この症状は、自閉スペクトラム症の症状と合致します。そのため、Dp140の欠損が自閉スペクトラム症の原因のひとつではないかと考えられます。

図1
図1: Mdx52マウス(DMDの病態モデルマウス)の社会コミュニケーション障害の原因を明らかにするため、光遺伝学解析を行った。内側前頭前皮質(mPFC)にチャネルロドプシン2を投与のうえ、扁桃体基底外側部(BLA)に青色光を照射し、興奮性ニューロンの機能を調べた。この結果、mdx52マウスでは、mPFCとBLAをつなぐ神経経路に異常があることが分かった。

遺伝子治療による症状改善にむけて

 mRNA医薬とは人工的に合成したメッセンジャーRNAを用いた治療薬です。Dp140の発現を回復させるようなmRNA医薬を脳に届けDp140を扁桃体に補充すれば、自閉スペクトラム症に似た症状が改善する可能性があると私たちは考えました。
 Dp140を欠損した自閉スペクトラム症モデルマウスは、社会行動試験において初対面のマウスに近づく時間が通常のマウスより短いことがわかりました。このモデルマウスに対し、mRNA医薬を1回脳の中に投与すると、扁桃体にDp140を補充することができました。Dp140が補充できたマウスでは初対面のマウスに近づく時間が正常になり、自閉スペクトラム症に似た症状の改善が示唆されたのです。
 こうしたモデルマウスを用いた研究は、筋ジストロフィーと自閉スペクトラム症の新たな治療につながる世界初の成果であると言えます。私たちは、デュシェンヌ型筋ジストロフィーの筋症状に加えて、一部の患者さんで認める自閉スペクトラム症を対象に、欠損しているジストロフィンをmRNA医薬で補充する治療を、世界に先がけて行えるよう研究を進めていきたいと考えています。


図2:Mdx52マウスの扁桃体に、Dp140のmRNAを搭載した高分子キャリアを投与した。投与4週間後にDp140タンパク質の発現回復を認めた。

リファレンス

  1. Hashimoto Y, Kuniishi H, Sakai K, Fukushima Y, Du X, Yamashiro K, Hori K, Imamura M, Hoshino M, Yamada M, Araki T, Sakagami H, Takeda S, Itaka K, Ichinohe N, Muntoni F, Sekiguchi M, Aoki Y. Brain Dp140 alters glutamatergic transmission and social behaviour in the mdx52 mouse model of Duchenne muscular dystrophy. Prog Neurobiol. (2022) Sep;216:102288.
  2. Chesshyre M, Ridout D, Hashimoto Y, Ookubo Y, Torelli S, Maresh K, Ricotti V, Abbott L, Gupta VA, Main M, Ferrari G, Kowala A, Lin YY, Tedesco FS, Scoto M, Baranello G, Manzur A, Aoki Y, Muntoni F. Investigating the role of dystrophin isoform deficiency in motor function in Duchenne muscular dystrophy. J Cachexia Sarcopenia Muscle. (2022) Apr;13(2):1360-1372.

研究部紹介 神経研究所/遺伝子疾患治療研究部

遺伝子疾患治療研究部長のポートレート写真
遺伝子疾患治療研究部 青木吉嗣部長
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研究の様子

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    臨床研究・教育研修部門:CREP
トランスレーショナル・メディカルセンター(TMC)

記事初出
「Annual Report 2022-2023」(2023年12月発行)
>広報誌>Annual Report2022-2023

※職員の所属情報は2023年9月1日現在のものです