難治てんかん焦点の新しいバイオマーカー「発作時DC電位」 ―国内5施設の共同研究での世界初の成果―

難治てんかん焦点の新しいバイオマーカー「発作時DC電位」 ―国内5施設の共同研究での世界初の成果―

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2022年9月4日
京都大学
国立精神・神経医療研究センター
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難治てんかん焦点の新しいバイオマーカー「発作時DC電位」
―国内5施設の共同研究での世界初の成果―

概要

 てんかんは、100人に1人(世界中に約5千万人の患者がいる)のあらゆる年代に起こる一般的な脳の病気です。てんかんは脳にある神経細胞やグリア細胞の異常によりてんかん発作を起こします。てんかんを持つ患者の身体面・心理面・社会面における直接的なてんかん発作の影響は、臨床現場での課題です。
 脳内の特定のてんかん焦点から起こるてんかん発作に対して、抗発作薬の内服治療で発作が抑制されない場合、外科治療が有効な場合が多くあります。外科治療で発作を抑制できるかは、いかに正確にてんかん焦点を定められるかが重要です。京都大学大学院医学研究科 池田昭夫 教授、小林勝哉 同助教、中谷光良 同博士課程学生(現:順天堂大学脳神経内科)、東京医科歯科大学脳外科の前原健寿 教授と、国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センターの岩崎真樹 脳外科部長らの共同研究グループは国内の主要てんかんセンター※15施設の国内多施設共同研究として、61名の難治てんかん患者の脳内から直接記録した発作時脳波データを収集解析し、「発作時DC電位」※2という新しいバイオマーカーの脳波変化の領域を切除して発作消失・減少の程度との関係を検証しました。
 本研究では特に、新しいバイオマーカーの脳波変化として、京都大学で長年研究されてきた「発作時DC電位」と呼ばれる非常にゆっくりした発作時脳波変動に注目しました。その結果、この「発作時DC電位」は、従前の脳波記録方法による発作起始部位より明確かつ早期から認め、さらに最近注目される超高周波の律動である「発作時HFO」※3よりも明らかに先行することを多施設の大規模データとして示しました。また、「発作時DC電位」の主要発生源の「中核領域」の外科切除が良好な発作抑制をもたらすことを明らかにしました。今後、従前の脳波活動に加えて、新しいバイオマーカーの「発作時DC電位」を解析することで、外科治療の成績向上につながると考えられます。また、これまでの基礎研究と病理研究では、「発作時DC電位」は脳内のアストロサイト群※4の異常が細胞外カリウム濃度のホメオスタシス機能※5の破綻を起こし発現することが報告されていてそれに合致し、今回の研究成果によりてんかんの病因・増悪機構や最適な治療法の解明が期待されます。
 本成果は、2022年9月4日(現地時刻)に国際学術誌「Brain Communications」にオンライン掲載されました。

図版1

1.背景

 てんかんは、100人に1人(世界中に約5千万人の患者がいる)のあらゆる年代に起こる一般的な脳の病気です。てんかん患者のてんかん発作を抑える治療の基本は抗発作薬の内服です。約70%の患者では内服治療で発作を抑えることができますが、残りの約30%の患者では内服治療のみでは発作を抑えることができず、難治てんかんと呼ばれます。一部の難治部分てんかん患者ではてんかん発作を生じさせる脳の領域(てんかん焦点)を外科治療で取り除く治療により、発作が減る、あるいはなくなることがあります。切除および治癒するための、最小かつ最適なてんかん焦点の位置を定めることが、てんかん外科治療では一番重要で、脳波の解析が最も直接的で有用な方法と考えられています。てんかん発作時の脳波として、細胞外カリウム濃度の変動を介したグリア細胞※6と神経細胞の相互作用を反映するとされる「発作時DC電位」(1 Hz=1秒に1回以下の非常に遅い脳活動)と、神経細胞の過剰興奮を反映するとされる「発作時HFO」(高周波律動high-frequency oscillation、80Hz=1秒に80回以上の非常に速い脳活動)があります。この2つは、通常の脳波活動(1-80 Hz)よりも、てんかん焦点の位置を定めるのに重要な情報が得られる良い指標として、近年注目されています。

図版2

 これまで、てんかん「発作時DC電位」・「発作時HFO」は、主に単一の施設での少数例の視察による評価が中心でした。その理由の一つとして、これらの脳活動の記録および解析は、施設や解析者によって解析手法なども少しずつ異なり統一されていないことが挙げられます。我々の研究グループは、本研究に先立って「発作時DC電位」・「発作時HFO」の記録と解析の標準化案及び手引きを策定しました(中谷ら,てんかん研究2017:35:3-13;中谷ら,てんかん研究2019:37:38-50)。その上で、本研究では、てんかん「発作時DC電位」・「発作時HFO」の解析により、てんかん外科治療の発作予後が改善するかを明らかにすることを目的としました。てんかん「発作時DC電位」・「発作時HFO」の解析を多施設・多数例での検討を行うことは、てんかん発作におけるそれらの脳活動の生理学的・臨床的意義を明らかにし、また特に京都大学で長年研究されてきた「発作時DC電位」に関しては世界で初めててんかん外科治療の発作予後との関連性についての検討を行うことで、てんかん焦点の位置を定めるための新しいバイオマーカーとなるとの着想に至りました。

2.研究手法・成果

 本研究は、頭蓋内への電極留置による検査(脳内から直接記録した脳波データ記録)を必要とした難治てんかん患者のてんかん発作時脳波データを解析対象としました。国内の主要なてんかんセンター5施設で発作時脳波データを61患者(15名の内側側頭葉てんかんと46名の新皮質てんかん)から収集し、「発作時DC電位」と「発作時HFO」の特性を抽出するため、それらの脳活動の開始のタイミングと大きさを評価しました。「発作時DC電位」・「発作時HFO」が特に傑出してみられる2電極を「中核領域電極」と定義しました。さらに、定義した「発作時DC電位」・「発作時HFO」それぞれの「中核領域電極」を外科治療で切除することが、良好な発作予後と関連するかを検討しました。
 最終的に53名の患者で記録された327回のてんかん発作時の脳波を解析しました。得られた結果としては以下の通りです。
1) てんかん発作時に、「発作時DC電位」は92%の患者・86%の発作と高い出現率(感度)でみられ、一方「発作時HFO」は71%の患者・62%の発作で認められました。
2) 「発作時DC電位」・「発作時HFO」の両者がみられた患者では、「発作時DC電位」は「発作時HFO」より時間的に先行し、特に新皮質てんかん患者でその特性は顕著にみられました。

図版3

3) 「発作時DC電位」・「発作時HFO」の両者の「中核領域電極」が一致・共通していたのは39%でしたが、その時も時系列的に「発作時DC電位」が先行しており主体的な貢献を示し、同時に、「発作時HFO」の「中核領域電極」も一部独立して貢献して外科治療の良好な発作予後と相関していました。
 これらの多施設・多数例の解析の結果、「発作時DC電位」と「発作時HFO」は、病気の治癒のための真の焦点の位置を定め、外科治療の良好な結果のために重要であることが示されました。特に京都大学で長年研究されてきた「発作時DC電位」は、その高い出現率と最も早期に出現するという点で、難治部分てんかんの新しいバイオマーカーとなることを世界で初めて明らかにしました。

3.波及効果、今後の予定

 本研究では、「発作時DC電位」と「発作時HFO」は真の発作焦点の指標となり、てんかん外科治療の良好な結果を得るために重要であることが示されました。今後、これらの解析により、てんかん外科治療の成績向上につながることが大いに期待されます。また、「発作時DC電位」は、「発作時HFO」より高頻度に出現し、また従前の脳波活動や「発作時HFO」に先行して出現する特性を世界で初めて多施設・多数例のデータで検証できました。「発作時DC電位」は発作の出現を最も早期に検知できる活動として、将来のてんかん発作の予測・予防への応用も期待できます。
 「発作時DC電位」と「発作時HFO」の「中核領域電極」は、いずれも従前の脳波活動の発作起始部位の範囲に含まれたものの、両者の一致率は39%でした。時系列的には「発作時DC電位」が先行することから、アストロサイト群の異常の重要性と同時に、神経細胞群が異なる作用機構で発作の難治化に関わることが示唆されました。
 すなわち本研究結果は、てんかん発作は神経細胞群の役割と同時に、アストロサイトの異常が特に細胞外カリウム濃度のホメオスタシス機能の破綻を介して発作発現に能動的に関わることを示し、てんかん病態と難治化機構を解明する基礎となり、最適な治療の研究がなされていくことが期待されます。
 本研究では、頭蓋内の電極留置による検査で難治部分てんかん患者データを対象としました。日々のてんかん診療で行われる頭皮脳波で記録される「発作時DC電位」・「発作時HFO」の解析はこれまであまり検討されておりませんが、本研究は今後の頭皮脳波解析の臨床応用の礎となると考えられます。将来的には、100人に1人と有病率の高い全てのてんかん患者の診断と治療への応用が可能と考えます。我々は頭皮脳波での「発作時DC電位」・「発作時HFO」の後・前方視的な解析に既に着手しております。
 本研究は学術的にも医学応用の観点からも高い創造性を持つと考えられます。

4.研究プロジェクトについて

 本研究は、以下の支援を受けて実施されました。
国立研究開発法人 日本医療研究開発機構(AMED) 難治性疾患実用化研究事業 17ek0109120h0003
文部科学省 科学研究費助成事業 新学術領域研究 15H05874
独立行政法人 日本学術振興会(JSPS)科学研究費助成事業 26293209, 19H03574, 20K21573
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター 精神・神経疾患研究開発費 1-4

用語解説

※1 てんかんセンター:てんかん医療構造において三次医療に相当し、特に難治てんかんの包括的な診断・治療を行うとともに、てんかん患者・家族へのケアを含めててんかん医療構造全体の改善を目指した医療機関・組織。日本てんかん学会で包括的てんかん診療施設として認定されている以外に、全国てんかんセンター協議会(任意団体)による認定等あり。
※2 発作時DC電位:主に細胞外カリウム濃度の変動を介したアストロサイトが主役となって神経細胞の相互作用を反映するとされる、てんかん発作時の非常にゆっくりとした脳波変動(1 Hz以下)。
※3 発作時HFO(high-frequency oscillation):神経細胞の過剰興奮を反映するとされる、てんかん発作時の非常に速い脳活動(80 Hz以上)。
※4 アストロサイト群:脳内の1000億個以上の神経細胞の10倍以上に相当するのの4種類グリア細胞があり最も多いタイプ。従来は神経細胞をサポートする機能が考えられていたが、現在は脳内のイオンや神経伝達物質を調節する重要な機能が解明されてきた。
※5 ホメオスタシス機能:生体恒常性とも呼ばれ、外部や内部の環境変化に関わらず、状態を一定に保つ機能のこと。
※6 グリア細胞:脳を構成する神経細胞以外の細胞のことで、ホメオスタシス機能の維持や発生の過程において、能動的かつ重要な役割を担っている。形態や機能によりアストロサイト、オリゴデンドロサイト、ミクログリア、上衣細胞に分類される。

研究者のコメント

 本研究は国内5箇所の大学病院・てんかんセンターでの多施設共同研究として、61名のてんかん患者のてんかん発作時頭蓋内脳波を解析しました。特に、京都大学で長年研究されてきた「発作時DC電位」と呼ばれる非常にゆっくりした脳波変動に注目しました。過去の京都大学単施設での検討では、「発作時DC電位」の出現が「発作時HFO」に時間的に先行することを報告しておりましたが、今回多数例で「発作時DC電位」の高い出現率と発作時に最も早期に出現する脳活動であることを検証できて、今後のてんかん診療において非常に重要と考えております。また、傑出した「発作時DC電位」が出現する「中核領域」を外科治療で切除し良好な発作抑制結果につながることが明らかになり、手術で切除する必要がある範囲を決定するための新たな判断指標として活用していくことで、今後のてんかん外科治療のさらなる成績向上が期待されます。「発作時DC電位」はアストロサイトの機能異常を反映し、これに後続する神経細胞による速活動の「発作時HFO」とは出現部位が一部異なり、今後のてんかん病因や難治化機序の解明となると考えます。(池田昭夫)

論文タイトルと著者

タイトル:Ictal DC Shifts Contribute to Defining the Core Ictal Focus in Epilepsy Surgery(てんかん発作時DC電位はてんかん外科治療におけるコア焦点同定に有用である)
著  者:Mitsuyoshi Nakatani, Morito Inouchi, Masako Daifu-Kobayashi, Tomohiko Murai, Jumpei Togawa, Shunsuke Kajikawa, Katsuya Kobayashi, Takefumi Hitomi, Takeharu Kunieda, Satoka Hashimoto, Motoki Inaji, Hiroshi Shirozu, Kyoko Kanazawa, Masaki Iwasaki, Naotaka Usui, Yushi Inoue, Taketoshi Maehara, Akio Ikeda 
掲 載 誌:Brain Communications  DOI:10.1093/braincomms/fcac222

お問い合わせ先

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池田 昭夫 (いけだ あきお)
京都大学大学院医学研究科 てんかん・運動異常生理学講座 教授
TEL:075-751-3318(オフィス)、090-1892-3245(携帯電話)
E-mail: akio(a)kuhp.kyoto-u.ac.jp

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