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健診で糖尿病を指摘された後の「早期受診」で 10年間の心血管疾患リスクが27%低下 〜大規模レセプトデータを用いた標的試験エミュレーション〜

プレスリリース
精神保健研究所

   
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2025年12月15日
横浜市立大学
東京大学
国立精神・神経医療研究センター
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健診で糖尿病を指摘された後の「早期受診」で
10年間の心血管疾患リスクが27%低下
〜大規模レセプトデータを用いた標的試験エミュレーション〜

 横浜市立大学大学院データサイエンス研究科ヘルスデータサイエンス専攻 博士課程の鱶口 清満医師、同大学院医学研究科 公衆衛生学の後藤 温教授、東京大学大学院情報学環/大学院医学系研究科 公共健康医学専攻 篠崎 智大准教授 、国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 行動医学研究部精神機能研究室 成田 瑞室長の研究グループは、健康診断で糖尿病を指摘された循環器疾患の既往がない人々を対象に、その後の医療機関への1年以内の受診行動が将来の心血管疾患リスクに与える影響について、日本の大規模レセプトデータ*1を用いて解析しました。
 本研究では、ランダム化比較試験(RCT)*2をデータ上で模倣する「標的試験エミュレーション(Target Trial Emulation)」*3という研究手法を用いることで、従来の観察研究では困難であった因果効果の推定を行いました。その結果、糖尿病の指摘後1年以内に医療機関を受診した人は、受診しなかった人と比較して、10年間の心血管疾患(虚血性心疾患と脳卒中)の発症リスクが27%低いことが明らかになりました。 
 本研究成果は、健診での「早期発見」を確実な「早期治療」へ結びつけることの重要性を科学的に実証したものであり、健診後の受診勧奨やフォローアップ体制の強化といった公衆衛生政策の推進に大きく寄与することが期待されます。
 本研究成果は、国際糖尿病連合(IDF)の公式学術誌「Diabetes Research and Clinical Practice」に掲載されました(2025年11月23日オンライン公開)。

 

研究成果のポイント 
● 課題: 健診で糖尿病を指摘されても、約半数が1年以内に受診しないことが課題とされているが、1年以内の早期受診が実際にどれほど将来の合併症を予防するのか、その効果は検証されていない。
  • ● 手法: 15万人のビッグデータに対し、「標的試験エミュレーション」という、臨床試験を模倣する方法で解析した。
  • ● 成果: 診断後1年以内に受診した人は、しなかった人に比べて、10年後の心血管疾患(虚血性心疾患や脳卒中)のリスクが27%低いこと(リスク比0.73)が明らかとなった。
  • ● 意義: 健診で糖尿病が見つかった場合は、医療機関を受診することの重要性を科学的に裏付け、受診勧奨などの公衆衛生施策を推進するための重要な基礎資料となる。
 

研究の背景

 2型糖尿病は心血管疾患(虚血性心疾患や脳卒中)の主要なリスク因子であり、早期からの適切な管理が重要です。日本では特定健康診査(メタボ健診)などが普及し、糖尿病の「早期発見」が可能になっています。しかし、自覚症状が乏しいことなどから、健診で異常を指摘されても医療機関を受診しない、あるいは受診が遅れるケースが少なくありません。これは、公衆衛生上の大きな課題となっています。
 健診で異常を指摘された後に、「早期受診」すると健康寿命が延長することが期待されますが、倫理的な観点から「受診させないグループ」を意図的に作る介入(RCT)は実施できません。また、従来の観察研究の手法では「健康意識が高い人ほど受診する」「逆に、具合が悪い人ほど受診する」といったバイアスの影響を受けやすく、早期受診の効果を評価することは困難でした。

研究内容 

 本研究では、株式会社JMDCが提供する累計1,200万人規模のレセプトデータベース(JMDC Claims Database)を用い、2005年から2021年の間に健診で初めて糖尿病(HbA1c 6.5%以上または空腹時血糖126mg/dL以上)と判定された40〜74歳の男女148,288名を対象としました。
 研究手法として、「標的試験エミュレーション」を採用しました。これは、観察データから、臨床試験を可能な限り模倣する手法です。対象者を「1年以内に受診した群(早期受診群)」と「1年以内に受診しなかった群(非受診群)」に分け、年齢、性別、検査値、生活習慣、行動変容への意欲など30以上の変数を用いて重み付けすることで統計学的に背景因子を均等にした上で、その後10年間の心血管疾患の発症リスクを比較しました。
解析の結果、早期受診群は非受診群と比較して、複合心血管疾患(虚血性心疾患または脳卒中)の発症リスクが27%低い(リスク比 0.73)ことが示されました。(図1
 また、そのメカニズムとして、早期受診群では1年後の時点で糖尿病治療薬だけでなく、高血圧や脂質異常症の治療薬が適切に開始されている割合が高く、生活習慣改善への意欲も向上していることが確認されました。つまり、早期受診により、糖尿病の治療だけでなく、多面的な管理に繋がっていることが示されました。
 

図1 各受診群における心血管疾患(虚血性心疾患および脳卒中)の累積発症率
図1:各受診群における心血管疾患(虚血性心疾患および脳卒中)の累積発症率
青い点線(早期受診群)は、赤い実線(非受診群)に比べて、経過とともに心血管疾患の発症率が低く推移している

今後の展開

 本研究により、健診で指摘後の「未治療」を防ぎ、速やかに医療につなげることが、将来の重篤な病気を防ぐために有効である可能性が示唆されました。本研究で採用した標的エミュレーションは、臨床試験を可能な限り模倣するべくしてデザインされた研究方法ですが、未測定の交絡因子(因果関係を誤って推定させる潜在要因)などによるバイアスの可能性は否定できないことには留意が必要です。
 今後は、この科学的根拠に基づき、健診後の受診勧奨の自動化や、未受診者への効果的なアプローチ(ナッジ等の行動経済学的介入)など、受診行動を促すための具体的な社会実装や政策提言につなげていくことが重要です。

研究費

 本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業(JP24K02708)の助成を受けて実施されました。  

論文情報

タイトル:Effect of early healthcare visits on cardiovascular disease risk in people with newly screened diabetes: emulating a target trial using a large insurance database
著 者:Kiyomitsu Fukaguchi, Tomohiro Shinozaki, Zui C. Narita, Atsushi Goto
掲載雑誌:Diabetes Research and Clinical Practice
DOI:10.1016/j.diabres.2025.113020
URL:https://www.diabetesresearchclinicalpractice.com/article/S0168-8227(25)01035-6/fulltext

用語説明

1 レセプトデータ: 医療機関が保険者に請求する診療報酬明細書のこと。傷病名、診療行為、処方薬剤などの情報が含まれており、実臨床における大規模な実態調査に活用されている。

2 ランダム化比較試験(RCT): 治療の効果を公平に評価するために、対象者をランダムに(くじ引きのように)「治療する群」と「治療しない群」に分け、その後の経過を比較する研究方法。エビデンスレベルが高いとされるが、本研究のように「受診させない」群を作ることは倫理的にできない。

3 標的試験エミュレーション(Target Trial Emulation): 観察データ(既存のデータベースなど)を用いて、理想的なRCT(標的試験)を可能な限り模倣するフレームワーク。ハーバード大学の研究者らによって提唱され、因果関係に迫るための疫学手法として、近年普及している。
 

参考リンク

精神保健研究所
https://www.ncnp.go.jp/mental-health/index.php

行動医学研究部
https://www.ncnp.go.jp/nimh/behavior/

お問い合わせ

横浜市立大学 研究・産学連携推進課
E-mail:kenkyu-koho(a)yokohama-cu.ac.jp

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
総務課広報室
E-mail:kouhou(a)ncnp.go.jp

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