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「エタノールアミン」が示すうつ病のメカニズムと診断・治療の可能性 ― 新規バイオマーカーや新しい治療法開発への道 ―

プレスリリース
精神保健研究所

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2026年5月11日
国立研究開発法人 国立精神・神経研究医療センター (NCNP)
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「エタノールアミン」が示すうつ病のメカニズムと診断・治療の可能性
― 新規バイオマーカーや新しい治療法開発への道 ―


 
 国立精神・神経医療研究センター (NCNP) 精神保健研究所行動医学研究部 小川 眞太朗室長、堀 弘明部長、メディカル・ゲノムセンターバイオリソース部 服部 功太郎部長、帝京大学医学部精神神経科学講座 功刀 浩教授(当時) らの研究グループは、脳脊髄液中のエタノールアミン濃度が、他の精神疾患と比較して大うつ病性障害(うつ病)で低下していること、神経伝達物質であるセロトニンおよびドーパミンの代謝物の濃度と相関すること、また電気けいれん療法(ECT)を受けたうつ病患者さんでは治療後に濃度が上昇することを明らかにしました。うつ病様行動モデルラットの脳脊髄液中ではエタノールアミン濃度が低下し、さらにエタノールアミンを含む飲水を4週間投与した群では、うつ病様行動の改善が認められました。
 これらの結果から、エタノールアミンは、うつ病に関連する新規バイオマーカー候補であるとともに、治療標的の候補となる可能性が示され、うつ病の新たな治療薬開発への道が示唆されました。
 この研究成果は、2026年4月15日に国際精神医学誌「Molecular Psychiatry」オンライン版に掲載されました。
 
図 うつ病とエタノールアミン

ポイント

■ 脳脊髄液中の「エタノールアミン」の濃度が、他の精神疾患と比較して大うつ病性障害(特に中等症以上)で低下すること、うつ病症状に特に関連し、うつ病の治療後には上昇することが明らかとなりました。
■ うつ病様行動を示す動物(ラット)においてもエタノールアミンが低下し、さらにその投与によってラットのうつ様行動が改善することが示されました。
■ エタノールアミンと中枢神経系における細胞接着分子や成長因子、神経軸索発達経路との関連も明らかとなり、今後のバイオマーカー開発や病態研究の促進、新規治療法開発への応用が期待されます。

研究背景

 大うつ病性障害(以下、うつ病)は、全世界における一時点有病率が約4~5%と推計されている、患者数の多い疾患です。さらに、世界疾病負荷調査(Global Burden of Disease study)では、うつ病は障害生存年数 (Years Lived with Disability, YLD) が世界的にも上位の疾患として報告されており、日本においても社会的・経済的負担の大きい疾患です。
 これまでのうつ病治療は、いわゆる「モノアミン仮説」(※1)にもとづく薬剤開発や薬物治療が中心でした。しかし、2000年代以降の大規模研究により、従来の抗うつ薬では十分な効果が得られない患者さんが少なくないことが明らかとなり、新しい仮説にもとづく治療法の必要性が高まっています。
 また、うつ病は単一の原因では説明できない異質性の高い疾患と考えられており、病態の解明や患者さんの層別化に役立つバイオマーカーの開発も重要です。
 私たちの研究グループは以前、世界で初めて、うつ病患者さんの脳脊髄液中(※2)でエタノールアミン(※3)という生体内アミノアルコールが低下していることを報告*しました。エタノールアミンは、生体内で広く組織や体液中に存在し、さまざまな生体機能に関わる分子です。興味深いことに、うつ病患者さんの血液中においてはこのような低下が認められず、脳脊髄液でのみ差が認められたことから、エタノールアミンが中枢神経系で果たす役割の重要性が示唆されました。しかし、その生理学的意義や、うつ病との関係を理解するうえでは、なお多くの研究課題が残されていました。そこで本研究では、ヒトおよび動物を対象としたトランスレーショナル研究(※4)として、エタノールアミンとうつ病との関係を多面的に検討し、その病態学的意義と臨床応用の可能性を探りました。
*Ogawa et al. Reduced cerebrospinal fluid ethanolamine concentration in major depressive disorder. Scientific Reports 2015, 5:7796

研究内容

1. 複数の疾患群を対象とした検討(NCNP)
 以前の報告では、うつ病患者さんと健康成人のみを比較していたため、他の精神疾患でも同様の変化が見られるかは不明でした。そこでNCNPにおいて、380名を対象に脳脊髄液中エタノールアミン濃度を検討しました。
 解析の結果、エタノールアミン濃度は性別、体格指数(男性のみ)、うつ病症状スコア、向精神薬服用量と有意に相関していました。そこで、年齢・性別・体格指数の影響を統計学的に調整して複数の精神疾患での群間比較を行ったところ、健康成人と比べてうつ病患者さんおよび統合失調症患者さんで低下がみられました。しかし、さらに向精神薬の服用量も調整すると、有意差が残ったのはうつ病患者さんのみでした。特に、「中等症以上」の症状の患者さんで顕著な低下が認められました。
 また、脳脊髄液中のモノアミン代謝物との関連を調べたところ、エタノールアミン濃度はセロトニン代謝物5-ヒドロキシインドール酢酸 (5-HIAA) およびドーパミン代謝物ホモバニリン酸 (HVA) と有意に相関し、特にHVAとの関連が強く認められました(図1)。
 
図1各精神疾患群間での脳脊髄液中エタノールアミンの濃度

2. うつ病の治療前後での比較(NCNP)
 NCNP病院に入院中のうつ病患者さん13名を対象に、電気けいれん療法 (ECT) 前後で脳脊髄液中のエタノールアミン濃度を比較しました。その結果、治療後における濃度の有意な上昇が認められました。また、うつ病症状スコアのうち「身体的不安」の変化量とエタノールアミンの変化量との間に負の相関がみられ、身体的不安が改善した患者さんほどエタノールアミン濃度が上昇するという関係が示されました。

3. 新規サンプルでの検討(呉医療センター・神戸大学・佐賀大学・産業医科大学)
 NCNP以外の施設で研究参加登録された対象者66名の脳脊髄液を用いて、結果の再現性を検討しました。その結果、新規サンプルにおいても、健康成人と比べてうつ病患者さんでエタノールアミン濃度が低下することが再現されました。

4. 動物(ラット)における検討(NCNP)
 ヒトでの結果を踏まえ、ラットを用いた検討を行ないました。リポポリサッカリド (LPS)(※5)投与により作出したうつ病様行動モデルでは、うつ様行動の出現とともに、脳脊髄液中エタノールアミン濃度の低下が認められました。さらに、その低下はLPS投与量とうつ様行動の程度に応じた傾向を示しました。さらに、0.1% (v/v) のエタノールアミンを含む飲水を4週間投与したラットでは、通常飲水群と比べてうつ病様行動の改善が認められ、脳脊髄液中エタノールアミン濃度も上昇しました。
 これらの結果から、ラットのうつ病様行動モデルにおいてもエタノールアミン低下が観察され、さらに外因性エタノールアミン投与が行動変化に影響を及ぼしうる可能性が示されました。

5. エタノールアミン低下と関連する生物学的経路の検討(NCNP)
 NCNPで研究に参加した380名のうち、脳脊髄液プロテオーム解析を実施した191名について、1,128種のタンパク質とエタノールアミン濃度との相関を解析しました。その結果、40タンパク質と有意な相関が認められました。最も強い相関を示した「CHL1」は、細胞間接着や中枢神経系の発達、シナプス可塑性に関わるタンパク質です。そのほかにも、細胞接着分子や成長因子、血液脳関門(※6)機能に関連する分子が含まれていました。
 さらに、これら40タンパク質の情報を用いたオントロジー解析では、「神経細胞の軸索誘導」に関わる経路との有意な関連が示されました。

社会的意義・今後の展望

 本研究により、脳脊髄液中エタノールアミンの低下が、他の精神疾患の中でもうつ病(大うつ病性障害)に関連する再現性のある所見であり、新規ヒトサンプルおよび動物モデルでも観察されることが示されました。このことから、エタノールアミンはうつ病の病態理解を進めるうえで重要な手がかりとなる可能性があります。
 また、エタノールアミンは、診断補助や、症状経過、治療反応の評価などに活用できるバイオマーカーの候補であるとともに、ヒトと動物の両方で利用できるトランスレータブル・マーカー候補として、基礎研究と臨床研究をつなぐ役割も期待されます。
 今後は、なぜエタノールアミンが低下するのか、また、どのようにうつ病症状と関連するのかというメカニズムの解明が重要です。今回示された、モノアミン代謝物との相関や、CHL1などの細胞接着分子との関連、神経細胞の軸索誘導経路との関連は、その手がかりとなる可能性があります。加えて、エタノールアミンはリン脂質や脂質メディエーター(※7)の構成要素として、神経系の構造(細胞膜・シナプス・髄鞘など)や機能の点に病態上においても関わる可能性があり、今後さらに幅広い観点からの研究が期待されます。
 さらに、エタノールアミンを新たな治療法へと発展させるためには、異なる動物モデルでの検証や、安全な投与法の検討、創薬シーズとしての開発研究が必要です。産学連携を含めた取り組みにより、日本発の新しい治療戦略につながることが期待されます。

共同研究機関

 本研究は、国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター、国立大学法人 神戸大学、独立行政法人 国立病院機構 呉医療センター中国がんセンター、国立大学法人 佐賀大学、学校法人 産業医科大学との共同研究体制で実施いたしました。

論文情報

雑誌名:Molecular Psychiatry
題 名:Ethanolamine as a Potential Biomarker and Therapeutic Target for Depressive Disorder
著者名:Shintaro Ogawa, Kotaro Hattori, Shinsuke Hidese, Daimei Sasayama, Miho Ota, Tomoko Miyakawa, Megumi Tatsumi, Ryo Matsumura, Sumiko Yoshida, Takamasa Noda, Minoru Takebayashi, Wataru Omori, Kei Itagaki, Naoto Kajitani, Mami Okada-Tsuchioka, Akitoyo Hishimoto, Shuken Boku, Tadasu Horai, Akira Monji, Yoshito Mizoguchi, Hiroshi Tateishi, Toru Murakawa-Hirachi, Reiji Yoshimura, Ryohei Igata, Yoshiharu Kim, Hiroaki Hori, Hiroshi Kunugi
DOI:10.1038/s41380-026-03559-7
URL:https://www.nature.com/articles/s41380-026-03559-7

研究助成

 本研究は、国立精神・神経医療研究センター精神・神経疾患研究開発費「精神疾患のNVS(negative valence system)に対する治療法の開発」(30-1);「バイオマーカーにもとづく精神疾患治療法の研究開発基盤構築」(3-1)、科研費若手研究(B)「脳脊髄液中エタノールアミンを基軸とした、うつ病の新規バイオマーカー・治療法の開発」(16K19792)、科研費若手研究「プラズマローゲンを新たな軸とした精神疾患の前臨床研究―治療・病態・バイオマーカー」(19K17125)、科研費基盤研究(C)「逆境的小児期体験とうつ症状の発現に関連するバイオマーカーの開発―リン脂質を軸に―」(21K07492)、日本医療研究開発機構 (AMED) 創薬基盤推進研究事業「多層的オミックス解析による、がん、精神疾患、腎疾患を対象とした医療技術開発」(19ak0101043h0205)、学際領域展開ハブ形成プログラム「多階層ストレス疾患の克服」(JPMXP1323015483)、の支援により実施されました。

用語解説

(※1)モノアミン仮説
モノアミンとは、主にセロトニン、ドーパミン、ノルアドレナリンなどの神経伝達物質の総称で、うつ病が脳内の脳神経伝達物質の減少によって引き起こされるという仮説。他にうつ病のセロトニン仮説、カテコールアミン仮説などがある。
(※2)脳脊髄液
脳室とクモ膜下腔を満たす無色透明な液体で、総量は成人で130~150 mL程度とされる。1日の産生量は400~600 mLであり、日に3~4回入れ替わる。脳脊髄液は脳・脊髄の周囲を循環し、血液脳関門によって末梢循環とはある程度隔ており、脳内環境を比較的よく反映すると考えられている。したがって、バイオマーカー探索や中枢神経系における精神・神経疾患の病態を検討するための有用な試料である。
(※3)エタノールアミン
生体内では広く組織中や体液中に存在し、細胞膜や髄鞘などに豊富に含まれるリン脂質(特にホスファチジルエタノールアミンやエタノールアミン型プラズマローゲン)や、脂質メディエーターなどの構成成分ともなっている。哺乳類は体内で合成することができず、外界から摂取する必要がある。
(※4)トランスレーショナル・リサーチ
「橋渡し研究」とも言われる。医学・生物学での基礎研究で得られた成果を、実臨床における応用(薬剤や医療機器、治療法、予防法、診断法、評価方法などの開発)につなげていくためのプロセスを志向した研究。また、リバース・トランスレーショナル・リサーチといった言葉も存在する。これは、ヒトで確認された現象(症状・指標・薬剤の効果・副作用など)を基礎研究に戻し、より詳しいメカニズムの検討や、薬の候補やそのターゲットの探索、既存の薬品の別の作用や副作用の確認、新しい診断法などの開発などにつなげるために実施するものである。これらのプロセスを繰り返すことで、新しい薬や診断法、医療機器の開発、メカニズムの研究が促進される。
(※5)リポポリサッカリド (lipopolysaccharide, LPS)
グラム陰性菌の外膜の主要構成成分であり、生体において非特異的かつ広汎な炎症・免疫反応を誘発する。精神医学の基礎研究領域では、いわゆるうつ病の神経炎症仮説にもとづく動物モデルの作出のために広く利用されている。
(※6)血液脳関門
血液と脳組織との間に連なるバリアのような構造。脳機能にとって必要な物質の輸送を司り調節する一方で、血液からの異物や不要物、病原体や有害物質などが脳実質内に侵入することを抑制している。血管内皮細胞・アストロサイト・ペリサイトといった複数の細胞および基底膜によって構成されている。
(※7)脂質メディエーター
脂質をその構造の由来として持ち、生体内で活性作用を発揮する物質。例として、脂肪酸から変換され、生体の炎症や免疫、生体防御などを司るエイコサノイド類や、リン脂質を前駆体とした多くの脂質メディエーターなどが存在する。ステロイドホルモン類なども広義の脂質メディエーターに含まれ、生体内の幅広い生理作用を司り機能を調節する。

 
>精神保健研究所
https://www.ncnp.go.jp/mental-health/index.php

>行動医学研究部
https://www.ncnp.go.jp/nimh/behavior/

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