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ADHDの子どもにおけるトゥレット症の発症に炎症が関与する可能性~トゥレット症のリスクを予測する新たな生体指標の手がかり~

プレスリリース
精神保健研究所

NCNPと奈良県立医科大学ロゴ
2025年4月17日
国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター
公立大学法人 奈良県立医科大学
印刷用PDF(1.34MB)
 
ADHDの子どもにおけるトゥレット症の発症に炎症が関与する可能性
~トゥレット症のリスクを予測する新たな生体指標の手がかり~
 


【ポイント】
 
  • 注意欠如・多動症(ADHD)を有する人が後にトゥレット症を発症するメカニズムの一端を解明
  • 炎症に関与する「好中球脱顆粒」がトゥレット症に特異的な経路であることを発見
  • ADHDにトゥレット症を合併する人では、炎症の指標である「好中球リンパ球比率(NLR)」が有意に上昇していた
  • NLRがトゥレット症のリスクを予測するバイオマーカーになる可能性

本研究のあらまし

 国立精神・神経医療研究センター(NCNP)精神保健研究所知的・発達障害研究部の高橋長秀部長、奈良県立医科大学 精神医学講座の岡田俊教授、名古屋大学医学部附属病院の加藤秀一講師らの研究チームは、ADHDを有する人が、後にトゥレット症を発症するメカニズムの一端として、炎症に関わる生物学的経路が関与している可能性を明らかにしました。
  
 ADHD(注意欠如・多動症)は子どもの約5%にみられる神経発達症であり、多動性・衝動性や不注意などが特徴的です。一方、トゥレット症は、運動チックや音声チックが1年以上持続する疾患で、しばしば難治であり、さらにADHDとの併存率が非常に高く50%に達するという報告もあります。個人差はあるものの、ADHDの症状が先行し、その後にチック症状が出現するという経過を辿るケースが多く、発症のメカニズムについては多くの不明点が残されていました。
 本研究では、ADHDおよびトゥレット症の全ゲノム関連解析(GWAS)データを用いてパスウェイ解析を行い、「好中球脱顆粒(neutrophil degranulation)」という免疫反応に関与する経路がトゥレット症に特異的に関連することを見出しました。さらに、ADHDとトゥレット症を併存する患者(N=25, 平均年齢 14.2歳)では、ADHDのみを有する患者(N=43, 平均年齢 13.7歳)と比較して炎症の指標である好中球リンパ球比率(NLR)が上昇しており、NLRが将来的にトゥレット症を発症するリスクを予測する生体マーカー(バイオマーカー)となる可能性が示唆されました。

 この研究成果は、日本時間2025年3月22日に、国際学術誌『Brain, Behavior, and Immunity – Health』のオンライン版に掲載されました。
 

想定されるモデルの図

 

研究の背景と目的

 注意欠如・多動症(ADHD)は、多動性・衝動性や不注意といった症状を特徴とする代表的な神経発達症のひとつであり、子どもの約5%に認められると報告されています*1。一方、トゥレット症は、複数の運動チックと音声チックが1年以上続くことを特徴とする神経発達症であり、頻度は0.5%と低いですが、50%程度の患者でADHDを併存することが知られています*2。さらに、トゥレット症のある人では、多くの場合、幼少期からADHD様の症状が先行してみられることが報告されています。
 これまでの研究により、ADHDとトゥレット症はともに遺伝的な要因が大きく関与していることが明らかになっており、両者の間には遺伝的な共通性があることも示されています。しかし、ADHDを有する人の中で、なぜ一部の人が思春期以降にトゥレット症を発症するのか、そのメカニズムは十分に解明されていませんでした。
 本研究では、ADHDとトゥレット症の両方に共通する遺伝的背景に加えて、トゥレット症の発症に特異的に関与する要因が存在するのではないかという仮説のもと、遺伝子解析や血液中の炎症マーカーの分析を通じて、発症メカニズムの解明を試みました。
*1 https://doi.org/10.1176/appi.books.9780890425787  
*2 https://www.cdc.gov/tourette-syndrome/data/index.html

研究の概要

 本研究では、まず、メンデルランダム化解析という手法を用いて、ADHDとトゥレット症の遺伝的な因果関係を推測しました。その結果、ADHDの発症に関与する遺伝子の変化を有するとトゥレット症の発症リスクが増えるが、トゥレット症の発症に関与する遺伝子の変化を有することはADHDの発症リスクを増加させない、ということを確認しました(図1A)。
 次に、ADHDおよびトゥレット症に関する大規模な全ゲノム解析(Genome-Wide Association Study: GWAS)の公開データを用い、遺伝子レベルで両疾患に関与するパスウェイを網羅的に比較しました。その結果、「RNA転写経路(RNA transcription pathway)」が両疾患に共通に関連しており、「好中球脱顆粒(neutrophil degranulation)」と呼ばれる炎症に関与する経路が、トゥレット症にのみ特異的に関与していることが明らかとなりました(図1B)。
 この遺伝学的解析結果を踏まえ、名古屋大学医学部附属病院に通院しているADHDのみの診断を受けた43名とADHDに加えてトゥレット症の診断を受けた25名の計68名を対象として、感染症などの影響を排除した上で血液を収集し、解析を行いました。
 炎症の程度を反映するとされる血液中の好中球とリンパ球の比率(Neutrophil-Lymphocyte Ratio: NLR)を比較したところ、ADHDとトゥレット症の両方を有するグループでは、ADHDのみのグループと比べて有意に高いNLR値が示されました(図2)。この結果は、トゥレット症の発症に、炎症が関与している可能性を支持するものであり、NLRが今後の新たなバイオマーカー候補となる可能性を示唆しています。

図1と図2

 

今後の展望

 本研究により明らかとなった好中球リンパ球比率(NLR)の上昇は、ADHDを有する人が将来的にトゥレット症を発症するリスクを示す「バイオマーカー」としての可能性を秘めています。NLRは、一般的な血液検査で簡便に測定可能であることから、今後、発症リスクを早期に検出するための臨床応用が期待されます。
 特に、トゥレット症は抗精神病薬などの薬物療法が主に用いられていますが、約3割の症例では十分な治療効果が得られず、難治性であることが知られています。NLRのような炎症マーカーが今後の発症予測に活用されれば、トゥレット症に対する予防的介入が実現する可能性があります。また、現在のトゥレット症に対する治療の主流である抗精神病薬には直接的な抗炎症作用はなく、炎症をターゲットとした治療法と組み合わせることで、従来の治療では効果が得られなかった症例に対して効果的な介入となる可能性があります。
 今後は、より大規模な独立したサンプルによる追試や長期的な縦断研究を通じて、炎症とチック症状との因果関係をさらに明らかにしていくことが重要だと考えられます。

用語解説

※1【ADHD(注意欠如・多動症)】集中力の維持が困難(不注意)、落ち着きがない(多動)、衝動的に行動してしまう(衝動性)といった特性をもつ神経発達症で小児の約5%程度が該当するとされる。
※2【好中球脱顆粒(Neutrophil degranulation)】免疫細胞の一種である好中球が、病原体に反応して内部の物質を放出し炎症を引き起こす反応。
※3【トゥレット症】運動チックと音声チックが1年以上続く神経発達症で発症のピークは10歳前後といわれている。ADHDとの併存率が高い。
※4【好中球リンパ球比率(NLR)】血液中の好中球とリンパ球の比率。炎症の程度を示す指標として注目されている。
※5【メンデルランダム化解析】遺伝的変異(一塩基多型:SNP)を利用して、特定のリスク因子と疾患との因果関係を推定する手法。

論文情報

雑誌名:Brain, Behavior, and Immunity - Health
論文名:The role of inflammation in the development of tic symptoms in subjects with ADHD
著者:Nagahide Takahashi, Hidekazu Kato d, Yoshihiro Nawa d, Shiori Ogawa,
Kenji J. Tsuchiya, Takashi Okada
DOI:10.1016/j.bbih.2025.100981


<関連リンク>
>精神保健研究所
https://www.ncnp.go.jp/mental-health/index.php

>知的・発達障害研究部
https://www.ncnp.go.jp/nimh/chiteki/

お問い合わせ

【研究に関すること】
国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 発達障害研究部
部長 高橋 長秀(たかはし ながひで)
E-mail:nagahide.takahashi(a)ncnp.go.jp

奈良県立医科大学 精神医学講座
教授 岡田 俊 (おかだ たかし)
E-mail:okadat(a)naramed-u.ac.jp

【報道に関すること】
国立精神・神経医療研究センター 
総務課 広報室
E-mail:kouhou(a)ncnp.go.jp

奈良県立医科大学
研究推進課
TEL:0744-22-3051
FAX:0744-29-8021
E-mail:sangaku(a)naramed-u.ac.jp

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