モデル動物開発研究部は、主として動物実験によって身体運動制御の神経メカニズムとその病態の解明を目指しています。今回紹介する研究成果は、動物実験において発見された筋シナジーの神経メカニズムを用いて、脳卒中の新たな診断方法を開発する取り組みです。
動物実験の研究成果をヒトの診断・治療に生かす
神経疾患や脳卒中は四肢の運動異常を引き起こし、日常生活に困難が起こります。効果的な治療やリハビリテーション方法の開発には、まず人間の脳神経が、どのようにして身体や筋肉を巧みにコントロールしているのかを知る必要があります。当研究部では、脳神経系および筋骨格系の構造が人間に最も類似している霊長類、マカクサルをモデル動物とし、神経生理学(神経の電気的な活動を計測することで脳の働きを評価する手法)を用いて研究を行ってきました。 そして、霊長類の脳は、脊髄にある神経細胞の一部を用いて、手指など上肢の多様な運動をコントロールしている事、さらに人間の動作では複数の筋肉のグループが協調して働いていることを突きとめました。このようなグループでの筋活動を「筋シナジー」と呼びます。筋シナジーは脊髄にある特定の神経細胞の活動の組み合わせで作られています(図1)。私たちは、患者さんの筋シナジー評価を診断に用いることにより、脳神経機能の異常や回復の度合いを、より正確に評価できると思いつきました。

図1: 脊髄の“筋シナジー細胞”による身体運動のコントロール
左:例えば6種類の筋肉の活動によって作り出される運動の方向は、2種類の脊髄筋シナジー細胞を脳が使うことによりコントロールできる。
右 :さらに、運動の大きさも、脊髄神経細胞をつかうことによってコントロールできる。
筋シナジー解析を用いた新たな脳卒中回復評価
脳卒中からの回復評価にはFMAスコアというテストが広く用いられます。テストでは身体の動きから運動機能の回復を評価しますが、そのとき脳や脊髄からの指令に伴い筋肉で何が起こっているのかを調べた例はありませんでした。そこで、FMAテスト中の上肢や体幹部の筋肉活動を筋電図記録という手法で記録し、筋シナジー解析を行いました。私たちは同時に働いている筋シナジーの数をカウントし、それがFMAスコアの回復とともにどのように変化するか調べました。その結果、脳卒中発症後の患者さんは筋シナジーの数が健常な人に比べて少ないことが分かりました。さらにその理由を調べ、健常者では別々に活動している筋シナジーが同時に活動している、つまり筋シナジーの融合が起こっていることを発見しました。この筋シナジーの融合は重篤な患者ほど顕著に起こっていました。脳卒中に伴い、異なった筋活動を引き起こすべき神経機能が、何らかの仕組みで融合してしまっている事が運動異常の背景にあると思われます。
今後は、この融合した神経機能を効果的に分離できるようなリハビリテーションの方法の開発が期待されます。

図2:FMAテスト時の筋シナジー評価と脳卒中患者におけるシナジーの融合
上: FMAテスト37種類を遂行中の上半身41種類の筋肉から筋電図活動を記録し、筋シナジー解析を行なった。その結果、健常者では、FMAテストが13種類の筋シナジーの組み合わせで実現していることがわかった。
下 :重症患者ほど複数のシナジーが融合しており、リハビリテーションによってその融合が改善していた。
リファレンス
- プレスリリース(2022年8月9日)「脳卒中の回復評価法を神経活動変化から再検証~神経メカニズムに基づく脳卒中回復評価への応用に期待~」 https://www.ncnp.go.jp/topics/2022/20220809p-2.html
研究部紹介 神経研究所/モデル動物開発研究部

研究の様子
>神経研究所 ホームページ
>モデル動物開発研究部 ホームページ
▼NCNP内連携組織リンク
>病院 身体リハビリテーション部
>IBIC
記事初出
「Annual Report 2022-2023」(2023年12月発行)
>広報誌>Annual Report2022-2023
※職員の所属情報は2023年9月1日現在のものです