今なぜ死別を科学するのか
家族や友人など親しい人との死別は、心身に強いストレス反応を引き起こし、健康状態の悪化をもたらすことが知られています。死別後に強い悲嘆(グリーフ)が1年以上続き、日常生活を損なう状態は「遷延性悲嘆症」と呼ばれます。近年、遷延性悲嘆症は世界保健機関(WHO)や米国精神医学会による国際的な精神疾患分類に加えられました。しかし、その生理学的な病態は未解明であり、死別が心身に及ぼす影響の科学的解明を目指す研究が、国際的に注目されています。当研究部では、死別を主観的な体験として理解することに加えて、中枢から末梢に至る神経系(脳、睡眠・覚醒、自律神経、免疫、内分泌など)の生理学的な変化を定量化する、ニューロサイエンスの手法を用いることで、悲嘆を長引かせ、悲嘆からの回復を妨げるメカニズムを探る研究に取り組んでいます。
その成果は、死別という強いストレスを与える出来事が心身に及ぼす影響についての、客観的な理解につながります。またそれだけでなく、死別による健康状態の悪化を未然に防ぐための適切な支援方策の開発にも寄与できると考えています。
故人の死に向き合うことの神経科学的な意味
私たちは、脳の活動を可視化する機能的MRIと呼ばれる手法を用い、共感性と悲嘆の関連を見出しました。共感性は人が社会的な結びつきを保つうえで重要な役割を果たします。死別から1年以上たっても悲嘆が強い人ほど、故人への共感性は強い一方で、存命の家族や他人に対しては、共感性に関わる脳の活動が低下していました(図1)。悲嘆の症状は、故人を追い求める「接近」と、故人の死という痛ましい現実から目を背ける「回避」に大別されますが、存命の家族や他人への共感低下と関連したのは回避でした。
回避は喪の過程(死別を乗り越えるためのプロセス)を妨げ、悲嘆を長引かせることが推測されます。私たちは、心拍変動を指標として、回避との関係を調べました。心拍変動はストレスを感じると低下します。回避の傾向が強い人では弱い人に比べ、心拍変動が高く保たれていました(図2)。回避
がストレスを緩和した結果と解釈できます。しかし、回避の傾向が強い人は半年後も悲嘆が強いままでした。
これらの結果は、遺族が必要な時間をかけて近親者の死に向き合えるよう支援することの重要性を示唆します。回避には生体を保護する働きがあることにも目を向けながら、遺族が安全に死別を乗り越えるための方策を確立するために、さらなる研究を進めていきます。
リファレンス
1.プレスリリース2023年7月3日「死別後に長引く悲嘆が共感性を抑制:悲嘆の脳科学的メカニズムを解明」https://www.ncnp.go.jp/topics/2023/20230703p.html
2.Yoshiike T, Yajima T, Utsumi T, Tripathi S, Kawamura A, Nagao K,Matsui K, Matsuda Y, Abe M, Ito M, Nakajima S, Kuriyama K:Autonomic evidence that avoidance matters in the mourning process: A prospective observational study in Japan. Dialogues in Clinical Neuroscience 2026;28(1):1-10. doi:10.1080/19585969.2025.2597058
研究部紹介
睡眠・覚醒障害研究部
▼NCNP内連携組織リンク
IBIC(先進脳画像研究部)認知行動療法センター(研究開発部)
記事初出
「Annual Report 2024-2025」(2026年1月発行)
広報誌>Annual Report2024-2025
※職員の所属情報は2025年10月現在のものです。




