脳病態統合イメージングセンター(IBIC)・先進脳画像研究部 は、高度先進画像技術を用いて精神・神経疾患、神経発達障害の画像研究をしています。ここでは病気で変調した神経回路の異常を可視化する技術(治療バイオマーカー)の開発を紹介します。
脳と脊髄を同時に計測する新技術
ヒトは他の高等霊長類と比べて手指を細やかに動かす能力に長けており、特に利き手で顕著に現れます。ヒトは集団の9割が右利きです。このような利き手の偏りは他の霊長類には見られず、ヒト固有の特徴といえますが、そのメカニズムについてはまだ解明されていません。手指運動の命令は大脳と脊髄を結ぶ伝導路(神経細胞から神経細胞へ情報が伝わるルート)を経て筋肉に伝えられます。私たちは、ヒトの脳から脊髄に命令が伝わる伝導路の左右差を調べるため、脳と脊髄の両方の神経活動を計測する技術を、本邦で先駆けて開発しました。従来のfMRI( 機能的磁気共鳴画像法=神経活動に伴う組織内の酸素代謝の変化をMRIで捉える手法)を基盤に、大脳と脊髄の神経活動を同時に記録する方法です。これをcs-fMRI技術と呼び、図1のように大脳と脊髄の神経活動を一気通貫型に計測します。
この技術開発によって、従来の大脳神経活動の計測だけでは評価できなかった脳脊髄伝導路の働きを推定することができるようになりました。

図1:cs-fMRI技術で撮影した画像
図2:脳脊髄運動伝導路
左図:解剖図/運動の指令を大脳の運動領域 (▲)から脊髄(◆)に直通で伝える(黒線)、高等霊長類で獲得した新経路である。もう一つは、両側大脳半球から出された指令を途中で重合して脊髄に伝える(青線) 、ネコなどの下等哺乳類で用いる進化的に古い旧経路である。
右図:モデル図/M1は大脳の運動領域を指す。 M1から脊髄に直に影響を与える新経路(矢印 1, 2)、および両側M1の影響を合わせて伝える旧経路(矢印3)
ヒトの左右の手は違う神経経路で動く
右利きの人の右手運動では、左大脳半球の一次運動野が主に活動します。一方、左手運動では右大脳半球に加えて左側の一次運動野も活動を示すことが知られています。サルなどの高等霊長類は手指運動で新経路と旧経路の2つの脳脊髄運動伝導路を動員します(図2) 。我々は、右利き健常者の片手単独の手指運動において、利き手(右手)では新経路が、非利き手(左手)ではもうひとつの旧経路が動員されると仮説を立て、大脳一次運動野と脊髄の神経活動を計測し、二つの経路の動員をモデル検証しました。その結果、右利きの右手と、左手の運動で使われる脳脊髄運動伝導路は非対称になっていることがわかりました(図3)。特に左手の運動では、ヒトでは存在がほとんど知られていなかった、動物で見られるような旧経路が使われていることがわかりました。この伝導路は脳梗塞後の運動麻痺の機能回復の時期に使われるといわれています。この研究結果は、今後脳梗塞患者の回復のための神経リハビリテーション治療の評価に役立つことが期待されます。

図3:右手・左手運動における直接伝導路・間接伝導路の使用度と、利き手の強さとの関係。利き手・非利き手で新経路・旧経路をどの程度使用するのかを推定した。
(a)日常生活動作で一貫して右手を使用する完全右利きの人ほど右手運動で新経路を用いる。
(b)一方、 左手では旧経路を用いることが分かった
リファレンス
- Takasawa E, Abe M*, Chikuda H, Hanakawa T*. A computational model based on corticospinal functional MRI revealed asymmetrically organized motor corticospinal networks in humans. Communications Biology. (2022)July
- プレスリリース(2022年8月4日「新規MRI技術で利き手の神経制御メカニズムを解明~手指運動中の脳・脊髄機能結合パターンの左右差を世界で初めて計測~」 https://www.ncnp.go.jp/topics/2022/20220804p.html
研究部紹介 脳病態統合イメージングセンター(IBIC)・先進脳画像研究部

研究の様子

研究部のメンバー
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身体リハビリテーション部
>神経研究所 モデル動物開発研究部
記事初出
「Annual Report 2022-2023」(2023年12月発行)
>広報誌>Annual Report2022-2023
※職員の所属情報は2023年9月1日現在のものです